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「適度な距離感」がいちばん難しい、という話


ちょうどいい距離がわからない

私自身、これがずっと苦手でした。

職場で後輩から相談を受けるようになったとき、「ちゃんと応えなきゃ」と思って、気づいたら自分のキャパを超えて背負っていた。相手の感情の波に引きずられて、相談された後にはぐったりしてしまう日が続きました。

近づきすぎると、息ができなくなる。

でも距離を置くと、今度は「冷たい人だと思われてないかな」と不安になる。

どっちに転んでも、きつい。

この記事では、そんなモヤモヤをいったん言葉にしてみて、「あ、これ自分もかも」と思ってくれる人と、そっと共有できたらいいなと思っています。

物理的な「近さ・遠さ」と心の反応

まずは物理的な距離、いわゆる「パーソナルスペース」。
すごく近くに座られると落ち着かないひともいれば、逆に、遠くに座られると「避けられてる?」と不安になるひともいると思います。

たとえば、ごく親しい人と話す距離と、職場の上司と話す距離って全然ちがってて。
この「からだの距離」と「心の距離」は、ぴったり一致はしないけれど、お互いに影響しあってるのではないでしょうか。

心の距離が近すぎるときのつらさ

相手との心の距離がぐっと近づきすぎると、うれしい半面、大変さも出てきます。
なんでも相談されるようになると、「ちゃんと応えなきゃ」と自分のキャパ以上に背負ってしまったり。
相手の感情の波に引きずられて、自分の気持ちがよくわからなくなったり。

「ここまで言ったら重いかな」「既読つけたのに返事しないのは失礼かな」と、相手の気持ちを想像しすぎて、常に頭の中がフル回転になってしまうこともあると思います。

本当は一人で静かに休みたいのに、「仲良しなんだから、これくらい付き合わないと」と、自分のつらさを後回しにしてしまう。

そんなふうに、心の距離が近すぎると、「相手を大事にすること」と「自分を大事にすること」の境目があいまいになって、消耗しやすくなっていました。

心の距離が遠すぎるときのさびしさ

一方で、心の距離が遠すぎると、それはそれでさびしさが出てきますよね。
表面的な会話はできるけれど、本音を話せる人がいない。
仕事の連絡はスムーズにできるのに、「最近どう?」と聞ける相手がいない。

物理的には近くに人がいて、毎日誰かと話しているはずなのに、どこか「一人でがんばっている」感覚から抜け出せない。

そんな状態が続くと、「自分はここにいていいのかな」と、居場所そのものがぐらぐらしてくることもあります。

人との距離をとることで心を守っているつもりが、気づいたら「誰にも頼れない」という孤立感につながってしまうこともあるのだと思います。

仕事や人間関係で「生きづらさ」になっていく流れ

この「近すぎるときつい、遠すぎてもさびしい」という感覚は、仕事や人間関係のあちこちで顔を出します。

職場で、同僚や上司と必要以上に仲良くしようとすると、飲み会やイベントで疲れ果ててしまう。

かといって、距離をとりすぎると、「チームに溶け込めていない人」扱いされてしまう不安もある。

オンライン上の距離感もむずかしいですよね。
SNSでつながりすぎると、相手の生活や感情が流れ込んできてきつくなるし、全部切ると今度は情報から取り残されたような気持ちになる。

自分の心地よさを守ろうとすると「協調性がない」と思われないか心配することもあって、「どう距離をとれば正解なんだろう」と迷子になりやすいテーマだなと思います。

自分だけの「心地いい距離」を探してみる

「ちょうどいい距離」は人それぞれ違うし、同じ相手でもその日の体調や心の状態で変わるものなのかもしれません。

だからこそ、「近すぎてきつい」「遠すぎてさびしい」という自分の感覚を、まずは否定せずに受け取ってあげるところから始めたいなと思います。

少しだけ物理的な距離をあけてみる。
仕事仲間とは「必要以上に仲良くなりすぎなくていい」と、自分に許可を出してみる。

そんな小さな工夫の積み重ねが、「生きづらさ」をほんの少しだけ軽くしてくれるかもしれません。
あなたが心地よくいられる距離感は、きっと誰かの「正解」とは違っても大丈夫。

この記事は自分自身に言い聞かせるために書いてみました。

その感覚ごと、いっしょに大事にしていけたらうれしいです。


お読みいただき、ありがとうございました。


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