パワハラ・モラハラ加害者たちの実年齢ではなく、精神年齢に着目せよ
職場いじめやパワハラ、モラハラを受けていると、加害者の言動がどうしても理解できず、そのことでさらに苦しくなる瞬間があります。
「なぜ、そこまで人を傷つけられるのか」
「なぜ、平気で嘘をつけるのか」
「なぜ、仕事のできる大人がこんな嫌がらせをするのか」
理解しようとすればするほど、答えが出ません。むしろ考えれば考えるほど、自分の頭の中が混乱していくような感覚を覚える人も多いはずです。
しかも相手が上司やベテラン、社会的に一定の評価を得ている人だったりすると、その人の言葉に必要以上の重みを感じてしまいます。「これだけ経験のある人が言うのだから、自分にも問題があるのではないか」。そうやって、被害を受けた側が自分を疑い始めてしまうことが少なくありません。
相手の言動を何度も頭の中で再生し、あらゆる角度から検証し、それでも納得できる説明を見つけられない。この状態が続くと、多くの人は「自分の理解力が足りないのではないか」「自分の受け止め方が過敏なのではないか」という方向に考えを進めてしまいます。しかし、これは理解力の問題ではありません。理解しようとしている対象そのものが、そもそも一貫した論理で動いていない場合、どれだけ考えても辻褄が合わないのは当然のことなのです。
ここで一つ、はっきり切り離して考えてほしいことがあります。実年齢や立場と、精神的な成熟度はまったくの別物だということです。
年齢や役職は、精神的な成熟度を保証しない
役職が上だから人間的にも成熟しているとは限りません。50代でも、後輩の評価が自分より上がったことに嫉妬して攻撃する人はいます。管理職という立場にあっても、自分の間違いを認められず、部下に責任を押しつける人はいます。何十年も現場を経験してきたベテランでも、気に入らない相手を無視したり、周囲を巻き込んで孤立させたりする人はいます。
Aさんが経験した、会社での「ベテラン上司」
Aさんは、中堅の製造会社で働いていました。直属の上司であるB課長は、社内でも「面倒見がいい」「経験豊富」と評判の人物でした。ところがAさんが新しい業務改善案を出し、それが部長から高く評価されたことをきっかけに、B課長の態度が一変します。
会議でAさんの発言をことごとく無視する。他のメンバーの前で「まだ経験が浅いから分かっていない」と繰り返す。Aさんが担当していた仕事を、本人に何の説明もないまま別の部下に振り替える。
Aさんは最初、「自分の伝え方が悪かったのかもしれない」「B課長ほどの経験がある人が理由もなくこんなことをするはずがない」と、自分の側に原因を探そうとしました。しかし、どれだけ丁寧に説明しても、どれだけ気を遣っても、B課長の態度は変わりませんでした。
さらに厄介だったのは、B課長がAさんに直接何かを問いただされると、態度を一変させたことです。「そんなつもりはなかった」「お前が被害妄想を持っているだけだ」「むしろ自分の方がAの態度に困っている」と、まるで自分こそが被害者であるかのように話をすり替えていきました。Aさんが冷静に「先週の会議で発言を遮られました」と具体的な場面を挙げても、「そんなこと言った覚えはない」の一点張りで、記憶違いだと言わんばかりの態度を崩しませんでした。
後になって分かったのは、B課長がAさんの評価に脅かされたと感じ、その不安を処理できないまま攻撃という形で表出させていた、という構造でした。同時に、自分の行動を指摘されると否認し、話をすり替え、被害者と加害者の立場を逆転させようとする、いわゆるDARVOと呼ばれる反応パターンにも当てはまっていました。Aさんに問題があったのではなく、B課長自身が自分の感情も、自分の行動の責任も、扱いきれなかったのです。
病院という閉じた環境で起きたこと
医療現場で働くCさんの場合は、少し違う形で同じ構造に出会いました。ベテラン看護師であるD主任は、新人指導という名目のもとで、Cさんに対してだけ極端に厳しい態度を取り続けていました。他のスタッフの前で些細なミスを大きく取り上げる、休憩時間の会話にCさんだけを入れない、申し送りの内容をAさんにだけ正確に伝えない。
D主任は病棟内で長年の実績があり、師長からの信頼も厚い人物でした。だからこそCさんは、「こんなに信頼されている人が、理由もなく自分を狙い撃ちするはずがない」と考え、自分の未熟さのせいだと思い込もうとしていました。
厄介だったのは、D主任の攻撃が誰の目にも分かりやすい形では行われなかったことです。申し送りの内容を意図的に一部だけ伝えない。Cさんが困っている場面をあえて見て見ぬふりをする。休憩室での何気ない会話の輪に、Cさんが入ろうとすると自然に話題が変わる。どれも一つひとつを取り上げれば「気のせいかもしれない」と片づけられてしまうような、小さな出来事の積み重ねでした。
Cさんは次第に、何が起きているのかを言葉にすることすら難しくなっていきました。まるで霧の中に立っているような感覚で、輪郭のはっきりしない違和感だけが積もっていき、周囲に相談しようにも「具体的に何をされたのか」とうまく説明できない自分を責めるようになっていきました。しかし実際には、D主任は自分より若いCさんが患者からの評判が良かったことに強い不安を感じており、その不安をコントロールする力を持ち合わせていませんでした。周囲から見えにくい形で相手を孤立させるというやり方そのものが、D主任自身の未熟さの表れだったのです。長年の経験は、業務のスキルを積み重ねはしても、感情を成熟させることとは別の話だったのです。
あなたが理解できないのは、あなたがおかしいからではありません。成熟した大人の基準で、未成熟な行動を理解しようとしているから、辻褄が合わないのです。
攻撃という手段でしか、自分を保てない人たちがいる
自分より評価されたから攻撃する。注意されたから逆恨みする。思い通りにならないから無視する。自分の立場を守るために嘘をつく。一人では不安だから周囲を味方につけて誰かを排除する。
こうして並べてみると、そこにあるのは「強さ」ではありません。むしろ、自分の感情を自分で処理できない未成熟さです。
「強さ」と「支配」を混同しない
怒鳴るから強いのではありません。人を支配するから優れているのでもありません。仲間を集めて誰かを孤立させるから、その人が正しいわけでもありません。声の大きさや在籍年数の長さは、その人の主張の正しさを何一つ保証していません。むしろ、対等な立場で意見をぶつけ合うことができず、力関係や周囲の空気を使わなければ自分の主張を通せないという点で、それは弱さの表れでもあります。
介護施設で働いていたEさんは、ベテラン職員であるFさんから、些細なことで長時間にわたって説教されることが続いていました。Fさんは声を荒げ、他の職員の前でもEさんを責め立てました。周囲のスタッフは、Fさんの機嫌を損ねることを恐れて誰も止めようとしませんでした。
Eさんが後になって気づいたのは、Fさんの説教にはほとんど一貫性がなかったということです。ある日は「勝手に判断するな」と叱られ、別の日には「いちいち確認しに来るな」と怒られる。何をどうしても正解にたどり着けない状況が繰り返される中で、Eさんは自分の判断力そのものに自信が持てなくなっていきました。
一見すると、Fさんはその場を支配しているように見えます。しかし実際に起きていたのは、Fさん自身が「自分の指導力が及ばない部分がある」という現実を受け止められず、大きな声と威圧感でその不安を覆い隠していただけでした。判断基準を一貫させないことで、結果的にEさんがFさんの機嫌を常にうかがう状態を作り出し、自分の立場を保っていたとも言えます。攻撃という方法を使わなければ、自分を保てない人だったのです。
だから、加害者を必要以上に大きな存在にしないでください。声の大きさや在籍年数、肩書きの重みに、実際以上の説得力を感じる必要はありません。
「分かり合えるはず」という期待が、あなたを縛りつける
説明すれば分かる。誠意を示せば変わる。いつか自分の気持ちを理解してくれる。
その期待が、あなたを加害者のそばに縛りつけてしまうことがあります。
学校で働いていたGさんは、同僚教員であるHさんから、職員室で孤立させられるような扱いを受けていました。GさんはHさんとの関係を修復しようと、何度も丁寧に話をしようと試みました。自分の意図を説明し、誤解があれば解こうとし、時には相手の機嫌を伺うような接し方さえしました。
しかしEさんの態度は変わるどころか、Gさんが歩み寄ろうとするたびに、その姿勢自体を「弱さ」と捉えて、さらに強い態度で接してくるようになりました。ある時Gさんが、以前Hさんから言われた心無い言葉について改めて話をしようとすると、Hさんは「前も言ったよな、もう終わった話だ」と切り捨て、Gさんが過去のことをいつまでも引きずっている面倒な人間であるかのように扱いました。実際には、その場限りで謝罪めいた言葉を口にしただけで、行動が変わったことは一度もありませんでした。
Gさんが向き合っていたのは、話し合いによって解決できる対立ではなく、Hさんが自分自身の中にある不安や劣等感を処理できずにいる状態そのものでした。話し合いで変わるのは、変わる力を持っている相手だけです。変わる力を持たない相手に何度も歩み寄ることは、自分だけが傷を重ねる結果になります。
相手を理解させることより、関わり方を決めること
必要なのは、相手を理解させることではなく、相手の成熟度を見極め、自分の関わり方を決めることです。
話し合える相手なのかを見極める
まず考えるべきは、目の前の相手が、指摘や説明を受けて自分の行動を振り返る力を持っているかどうかです。過去に一度でも、自分の非を認めて態度を改めた経験があるなら、対話の余地はあるかもしれません。反対に、指摘するたびに逆ギレする、話をすり替える、被害者側に矛先を向けてくるような相手であれば、対話による解決は現実的ではありません。B課長のように「そんなつもりはなかった」「お前の方がおかしい」と話をすり替える相手や、Hさんのように「前も言ったよな」と過去の指摘そのものをなかったことにする相手は、この見極めにおいて分かりやすい目印になります。一度の言動で判断するのではなく、指摘された後にどう振る舞ったかという「その後」を観察することが、見極めの手がかりになります。謝罪の言葉があったかどうかよりも、同じ状況が再び訪れたときに行動が変わっているかどうかの方が、はるかに信頼できる判断材料です。
記録を残した方がいい相手なのか
Aさんが会社でB課長から受けた業務の取り上げや、Cさんが病院でD主任から受けた不公平な扱いは、いずれも「言った・言わない」になりやすい性質のものでした。こうした場面では、日付・時間・場所・その場にいた人・具体的なやり取りの内容を、その日のうちにメモに残しておくことが、後々の相談や交渉の場面で重要な意味を持ちます。日記やメモ、可能であれば録音といった記録は、被害の実態を客観的に示す材料として、社内の相談窓口や労働局、弁護士への相談時に大きな役割を果たします。
特にD主任のケースのように、一つひとつの出来事が小さく、「気のせいかもしれない」と本人ですら判断に迷うような嫌がらせの場合、記録の積み重ねが決定的な意味を持ちます。単発の出来事として見ればささいなことでも、日付を追って並べてみると、そこに明確なパターンが浮かび上がってくることがあるからです。記憶だけに頼ると、時間が経つほど自分の中で「そこまでひどくなかったかもしれない」と輪郭がぼやけてしまうことがあるため、その場での記録が力になります。
第三者を入れるべき相手なのか
介護施設でFさんから威圧的な扱いを受けていたEさんのように、複数人が関わる場面で加害行為が起きている場合、当事者同士の話し合いだけでは構造が変わりません。特にFさんの場合、周囲のスタッフもFさんの機嫌を損ねることを恐れて誰も止めようとしなかったことが、Fさんの行動をさらにエスカレートさせる要因になっていました。こうした環境では、人事や労務担当、社外の相談窓口、あるいは信頼できる先輩など、当事者同士の関係の外側にいる第三者を間に入れることで、はじめて加害者の行動が「個人的な感じ方の違い」ではなく「客観的に問題のある行動」として扱われるようになります。第三者を入れることは、大げさなことでも、相手を陥れることでもありません。構造として孤立させられている状況を、外から見える形に変えるための現実的な手段です。
接触を減らす、あるいは離れるという選択
学校でHさんとの関係に悩んでいたGさんが最終的に選んだのは、Eさんを説得することをやめ、業務上必要最低限のやり取りに絞るという方法でした。プライベートな話題を避け、業務連絡は文書やメールなど記録に残る形に切り替え、直接顔を合わせる時間を意識的に減らしていきました。相手を変えようとする代わりに、自分と相手との間の距離そのものを調整する。それだけで、日々受けるダメージの総量は大きく変わっていきました。
それでも改善が見られない場合、部署異動や転職、あるいはその環境そのものから離れることまで、選択肢として含めて考えていいのです。関係を修復することよりも、自分がその場に留まり続けることで受け続ける消耗の大きさを、正しく見積もる必要があります。「逃げるようで悔しい」と感じる人もいますが、未成熟な相手の機嫌や気分に自分の人生を合わせ続けることの方が、はるかに大きな代償だという見方もできます。
本当に守るべきは、加害者との関係ではなく自分の生活と尊厳
職場いじめやパワハラ、モラハラを受けると、被害者はどうしても加害者ばかりを見てしまいます。「あの人をどうすればいいんだろう」。頭の中はいつしか、相手をどう理解し、どう対応するかということでいっぱいになっていきます。
しかし、本当に守らなければならないのは、加害者との関係ではありません。あなた自身の生活と尊厳です。
会社でも病院でも介護施設でも学校でも、最終的に楽になれたきっかけは、相手を変えようとすることをやめ、相手の言動を記録し、必要な相手には距離を置き、信頼できる第三者に事実を共有するという、具体的な行動に切り替えたことでした。理解や納得を得ることを目的にするのをやめた瞬間から、消耗の量が減っていったのです。
面白いのは、四つの現場で被害者が向き合っていた相手は、それぞれ立場も年齢も業種もまったく違っていたにもかかわらず、根っこの部分では同じ構造を抱えていたということです。自分の不安や劣等感を自分で処理できず、それを他者への攻撃という形で外に出す。そのやり方は違っても、目的は共通していました。自分の心の中で起きている不安定さを、誰かを下に置くことで一時的に和らげようとしていたのです。
相手が何歳であろうと、どんな肩書を持っていようと、あなたを傷つけていい理由にはなりません。実年齢や立場に惑わされず、その人の言動そのものを見てください。そして「この人の問題まで、私が背負う必要はない」と、はっきり線を引いてください。
相手の未成熟さの後始末まで、あなたの仕事ではないのです。理解することをやめても、あなたが冷たい人間になるわけではありません。相手の言動に振り回されず、自分の生活と尊厳を守るために動くこと。それこそが、この状況の中であなたにできる、もっとも誠実な選択です。
❑職場いじめ、パワハラ・モラハラには構造があります。その構造を知り、被害を根本的に終わらせるための内容をまとめました。800人以上の被害者の支援をしてきて導き出した答えです。
