母から電話が来なくなって気づいたこと
鳴らなくなった電話
最近、母から電話がかかってくることがなくなりました。
以前は、何気ないタイミングで電話が鳴っていました。
「今なにしてるの」
「ちょっと聞きたいんだけど」
用事があるときもあれば、
特に用事がないときもありました。
短い会話で終わることもあれば、
思いがけず長くなることもありました。
そのやり取りは、特別なものではありませんでした。
けれど今は、その電話が鳴ることはありません。
気づいたとき、
少しだけ間が空いたような感覚がありました。

これまで当たり前だったこと
私は、母からの電話に出ながら、
いつもどこかで急いでいました。
「あとでかけ直すね」
「今ちょっとだけいい?」
そう言いながら、
会話を短く切り上げることもありました。
悪気があったわけではありません。
ただ、その時間はいつでもあると思っていました。
母は、いつでも電話をしてくる人。
そう思っていました。
だから、
そのやり取りの一つひとつを、
深く考えることはありませんでした。
思い出す あのやり取り
電話が来なくなってから、
ふとしたときに思い出す場面があります。
同じことを何度も聞かれたときのこと。
「それ、前にも話したよ」と、
私は何度か答えていました。
間違っていることを、
そのままにしない方がいいと思っていたからです。
ちゃんと伝えた方がいい。
分かってもらった方がいい。
そう思っていました。
けれど今、そのやり取りを思い出すと、
少しだけ違う見え方になります。
あのとき母は、
何を聞きたかったのだろう。
何を確かめたかったのだろう。

言葉が変わり始めた瞬間
ある日、こちらから母に電話をかけました。
しばらく呼び出し音が続いて、
少ししてから、母が出ました。
「もしもし」
その声は、これまでと変わらない母の声でした。
少し安心しました。
しばらく話していると、
母が同じことを繰り返し聞いてきました。
以前と同じような場面でした。
そのとき、
私は少しだけ言葉を止めました。
「また同じことを聞いている」
そう思う自分がいました。
けれど、そのまま言葉にはしませんでした。
少しだけ考えて、
違う言葉を選びました。
「そうだね、大丈夫だよ」
それだけを伝えました。
母は「そう」と言って、
少しだけ安心したような声になりました。
そのやり取りは、
それだけのことでした。
けれど、その時間の中で、
何かが少し変わったように感じました。
今の私にできる関わり方
それから、少しずつ言葉を選ぶようになりました。
正しく伝えることよりも、
安心して話せることを大切にするようになりました。
「大丈夫だよ」
「いいと思うよ」
「一緒に考えようか」
答えを伝える言葉ではなく、
隣にいるような言葉。
そうした言葉を選ぶようになっていきました。
うまくいかないこともあります。
何度も同じ話になることもあります。
それでも、
その時間の中で、会話は続いていきます。

その時間の中で
母から電話が来ることはなくなりました。
けれど、こちらからかければ、
会話は続きます。
同じことを聞き、
同じように答え、
また少し話をする。
その繰り返しの中に、
変わらないものと、変わっていくものがありました。
私は、まだそのすべてを言葉にできているわけではありません。
ただ、ひとつだけ思うことがあります。
何を伝えるかではなく、
どんな時間を一緒に過ごすか。
そのことの方が、
少しずつ大きくなってきているように感じています。
母の声を聞きながら、
私は言葉を選びます。
その時間の中で、
これまでとは少し違う関わり方が、続いています。

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