私が目指したい、歳の重ね方
昨日のnoteで、義理の母の話を書きました。
母はよく、
「自分の母の歳は超えたい」
と言っています。
義理の母の母。
つまり、私から見ると義理の祖母になります。
二世帯住宅なので、家を建ててからの数年間は、その祖母と程よい距離で暮らしていました。
とても印象に残っている人で、私も大好きな人です。
祖母は、お嬢様育ちでしたが、とても苦労をしてきた人でした。
旦那さんを早くに病気で亡くし、一人で義理の母を育ててきました。
和裁の仕事をしながら、家のこともきちんとこなす。
それでいて、日本舞踊をずっと習っていて、着物を着て出かけることも多く、とても品がある女性で、凛とした雰囲気のある人でした。
とても優しくて、本当に素敵な人。
初めてお会いしたとき、
「うちの母より少し年配のお母さんかな」
と思ったくらい若々しくて、
おばあちゃんと聞いた時には、びっくりしたのを覚えています。
亡くなる一年くらい前まで本当に元気で、家のこともやっていましたし、私の息子や娘の面倒もよく見てくれました。
庭の草取りや花の手入れも、毎日の日課のようにやっていてくれました。
私は、真剣に思っていました。
**「おばあちゃんみたいになりたい」
「こういう歳の取り方をしたい」**と。
でも、私は不思議に思うことがあります。
こんな素敵な祖母の背中を見て育ってきたはずなのに、どうして義理の母は、あんな風に何もしないんだろう。
きっと、家のことは祖母がやって、母は外で働いて、何もやらなくてもいい状況だったのかもしれません。
義理の父が定年してからは、家事も父がしていたのを見ていました。
母は
「全部私がやってきた」
と言いますが、母もやっていたかもしれないけど、私が見ていた限りでは、父や祖母もいろいろやっていました。
祖母は、役割を持って生きていた人だったと思います。
「私が元気なうちは、草取ってあげるからね」
そう言ってくれていました。
一方、母は早い段階から
「腰が痛くてできないから、お願いね」
と、手放していました。
もちろん、人は誰でも
ラクな方を選びたくなるものです。
それは、よくわかります。
でも、あんなに素敵なお手本がすぐそばにいたのに、
「自分もそうなりたい」とは思わないものなんだろうか?
そうならないことも、あるんですね。
でも、ひとつだけ確かなことがあります。
あの祖母の生き方は、
私の中にしっかり残っています。
そしてきっと、
私が思う「人生最後まで最幸に生きる」という目標は、きっとあの祖母の姿がきっかけになっているのだと思います。
