伏見俊昭選手が制した競輪グランプリ2001の想い出
こちらの記事を出しましたが
そういえば
伏見俊昭選手が制覇した2度の競輪グランプリのうち、最初の方、2001年の平塚開催のグランプリを、現地まで見に行っていたことを思い出した。
レースは打鐘過ぎから5伏見俊昭が先頭に立ち、後ろの同県6岡部芳幸を相手に、内で8稲村成浩が粘って競りになる展開。さらに外から3高木隆弘も追い上げて、皆が伏見の後ろを狙うような状況。
後ろが競っているぶんギリギリまで仕掛けを待った伏見は、残り1周で全開の逃げ。その後、最終バックで中団から中部ライン(2山田裕仁-4濱口高彰)も仕掛けるがなかなか伸びず、さらに後方から「競輪国宝」1神山雄一郎も動けず、結果的に打鐘すぎから先頭に立った伏見がまるまる1周以上を逃げ切ってしまった。
1着5伏見俊昭、2着2山田裕仁、3着8稲村成浩。

ちなみに三連単の人気上位は以下の通り。

圧倒的実績上位の1神山雄一郎から売れており、1の捲り+番手の9児玉広志の2着、というのが本線扱い。
アタマの売れ方でそれに次ぐのは5伏見俊昭の逃げを利した6岡部芳幸、という状況だった。
伏見は力量的には決して伏兵ではないが(9車立て競輪は4・6・8番車が格下)、しかしこの相手に平塚バンクで逃げ切るのは至難の業、と思われていたのがよく分かる。
それを堂々の押し切り完勝、まさに横綱相撲。
強かった、カッコ良かった。
このレースを私が見ていたのは、平塚競輪場の特別観覧席の温かい部屋の中だった。
作家の白川道先生(麻雀ファンには、最強戦著名人大会が行われていた頃の活躍でもお馴染みだろう、2015年没)や、そのパートナーである新潮社・中瀬ゆかり編集長、そしてその2人をモデルに小説「キラキラ星」を上梓されていた作家の群ようこ先生らと共に
なぜかお誘いいただいてグランプリを観戦していたのだ。
白川先生は私の大学の先輩でもあり…といっても歳は28も違うので大学時代に繋がりがあったとかではなく、ちょいちょいセット麻雀に呼んでもらっていた(たぶん端緒はこれも黒木真生プロ)縁で仲良くして頂いていたのだ。
レートは口が裂けても言えない。
そしてその場には、麻雀の滝沢和典プロもいた。
あと1人プロがいたはずなのだが、それが誰だったのかどうしても思い出せない。我ながら老いがすごい。
平塚育ちの白川先生の案内で、平塚駅近くの、今思えば酸辣湯麺のような不思議なラーメンを食べ
そして神奈川選手会の打ち上げにもお邪魔させていただいた。
打ち上げでは
敗戦直後の岡部芳幸選手も途中駆け付けて(北日本と南関はライン的にも深い繋がりがある)、明るく振舞っていたのをよく覚えている。何かを勘違いした私を、激しくイジってくれたのも記憶にある。
そして新藤敦(後の朝日敦)選手の深い戦略のお話が印象的。新藤選手はグランプリではなく、同開催のS級シリーズで優勝されていたのだが、
ある自力選手が内を突いて上がって行きたがる癖があるのを掴んでいたので、わざと打鐘前に少しだけ内を開けてそこに飛び込ませて、そのまま内に閉じ込めて仕掛けを遅らせた、という話をされていた。老獪にもほどがある(完全なる褒め言葉)。
※この「自力選手」の話がこのレースの出走選手を指しているのか、別のレースの話だったかはハッキリ覚えていません、申し訳ない。

夢のような楽しい一日だったな。
最後に、この日の車券の話を。
まだ穴場に並んで現金で車券を買うしかない時代なので、特観席でももちろんレース前は行列してしまう。
あるレースの際に、私が車券を買う列に並んでいると、残り3分でまだ前に2人いるがギリギリ買えそう、という状況。ふと後ろを見ると、白川先生が別の列の8人目ぐらいに並んでおり、こちらはどう見ても間に合わない。
「先生、こちらで一緒に買いましょうか?」
「おお、頼むわ」
バサッと札束とマークシートを無造作に手渡してくる。
それこそ全く数えてもないから、万札2・3枚ちょろまかしても気付かないぐらいの感じだが、これやられると逆に信頼は裏切れないよね(当たり前)。
万車券に万張りするのが先生の通常運転なので、クラクラしそうな買い目&金額の車券を代わりに購入する、という貴重な体験をさせていただいた。
そんなこんなを経て
私もメインの競輪グランプリまでに既に5万ぐらい負けていて
たぶん先生はその10倍ぐらい負けている。
その上で、先生はグランプリで今までの負け分以上の額の車券を買われていた。
「2山田が捲るけど、こいつは意外と淡白に仕掛けるから、たぶん後ろの4濱口に食われるぞ」と仰って
4→2の二車単(47.4倍)を、本線だからと40万も買っていた。2→4(34.6倍)は10万か20万だったはず。
いやあんた、グランプリの2着賞金(2000万)ぐらい自分も貰おうとしてるやん!!
いまだに
白川先生と群先生が、「2→4」「4→2」の車券を手にして「にーよん、よんにー!」と笑顔で並んでいるシーンがはっきりと思い出せる。
※トップのサムネはこの記憶を基にAIで作成したものです。勝手に作ってすみません…
私は
6岡部や9児玉からの車券を買い散らかしながら
最後に、俺も「にーよん、よんにー!」って言いたいな、と思って
枠連の2=4(14.2倍)を1万円だけ、こっそり買っておいた。
2枠は2番の山田だけ、4枠には4番濱口と5番伏見がいる枠である。
結果は…
冒頭の通り5→2なので枠複は2=4、私だけ謎の的中である。
乗っかりのような乗っ取りのような自分だけ的中で
なおかつ大行列の払い戻しの時間皆を待たせるという…
いやはや申し訳ございません。
でも負け過ぎてたので、正直収支なんとかプラスになってホッとしてた。
そんな、私の生涯のなかでも有数の素敵な想い出の日、
そこに伏見俊昭選手はいたのである。
あの時は的中を、そして感動をありがとうございました。


そうか、白川先生も鬼籍に入られて11年が経つのか。
向こうでも麻雀と競輪ばっかりやってるだろうな。
伏見さんとも、ゆっくり語り合ってくださいね。
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