くだらない唄(見えないおじさんとのバトル)
たまに小説を評価いただくことがある。編集者の方からも一般の方からも。いったい何が評価されるのか? わたしの想像だが、あまりにも小さなこと、くだらないこと、せせこましことを書くのが異様に得意なのではないか。だいたい、そんな話を書きたい人はいないのでライバルがいない。
短いエッセイで試してみよう。
子供が保育園に通っていたときの話だ。子供の卒園まで2年を切ったころ、わたしは知らないおじさんと争っていた。正確には、ひとつ歳上のクラスのパパ。きっかけはくだらない。
わたしは朝、子供を保育園に連れていき、入口の靴脱ぎ場のところにいた。ルールに従い、子供に手を洗わせていた。
そのとき、おじさんが顔を近づけてきた。
「あなたは洗わなくていいんですか?」
勝ち誇ったような、にやけ顔。それは言い過ぎにしても、絶対正義の優越感が感じられた。
わたしはむかついた。おまえ、絶対ひとを選んで言ってるだろ。
わたしはおじさんの顔を見て、「そうですよねえ」と答えた。
こちらが謝罪するとでも思っていたのか、おじさんの顔は固まっていた。絶対正義には勝てないので、わたしは手を洗って、建物の内部に入った。
観察すると、手を洗わない保護者が何人もいた。おじさん、こいつらにも言ってくれよ。人を選んで、弱そうなやつに正義をふりかざすのは、むしろ悪人ではないのか。絶対に負けない武器で弱そうなやつを叩いているだけだ。わたしは正論大好きなやつがとにかく嫌い。
と、まあそんなことも思うけれど、悪いのはわたしなので、反省すべきところは反省し、おじさんと普通に接しようと思った。
翌日おじさんは、挨拶するわたしを無視した。
わたしは、激怒した。おじさん、あんた大人だろ。拳を収められないなら、なぜあのとき振りかざした?
おじさん小悪人説ががぜん有望になる。
わたしもそれからは、おじさんを無視するようにした。しかし、これが難しい。他の人には普通に挨拶をし、おじさんだけ無視するのはかなり繊細なテクニックを必要とした。おじさんに会いたくない。なのに、そういう人に限って、登園時間がかぶる。わたしはおじさんの存在にびくびくするようになった。
この戦いは、圧倒的にわたしが不利だ。なぜなら、わたしはおじさんの顔を識別することができない。もともと人の顔を見分けるのが苦手だったが、なぜ、おじさんはみんな同じ見た目をしているのだろう? みんな小太りで、同じ髪型をして、同じ眼鏡をかけている。おじさんが連れている女の子の識別はできるので、わたしはその女の子を見て、おじさんをおじさんだと識別していた。
相手からはわたしを識別できるけど、わたしからは識別できない。なんて不利な戦いなんだ……。おまえはプレデターか!
もう保育園とか関係なく、日々、似たフォルムのおじさんを見かけるたびにビクビクした。わたしは激しく疲弊した。
4月になり、おじさんの子供が卒園してから、ようやく平和が訪れた。
だが、次はおそらく小学校がかぶる。シーズン2が開幕しようとしている。
お見苦しいものを見せてしまって恐縮です。
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