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海の家のひみつを知る者

みなさんは海の家のひみつを知っていますか?

夏になると海水浴場に現れる謎の木造建築。
黙っていたけど、わたし、やつのことを知っています。
この写真を見てください。

約20年前の写真

海の家のボスみたいですよね。
ネット検索してもこのサイズのものが出てこないので、けっこう「やっちゃった」海の家だと思います。

なんで君が海の家について語れるの? そこで休憩したり、飲食ができたりするんでしょ? それくらいはみんな知っているよ。

えっと、恥ずかしくて黙ってたんですけどね、わたしはあの馬鹿でかい海の家を所有していた人の孫なんです。

証拠と言ってはなんですが、こんな秘密をお話しましょう。

このサイズなので、それなりにアルバイトの数が必要です。いったい毎年、どうやって探してくるのか?

答えは、探していない。
探していないどころか、何もしていない。

「あの……、ここは〇〇〇(海の家の名前)ですか? 今年、バイトをしたいんですが……」

不思議なことに、夏になると、地元の高校生から勝手に電話がかかってくるのです。電話番号なんてどこにも載せてないのに。

バリバリの関係者のはずの祖母が「不思議だわあ」と言っていたので、これは解明できる種類のものではないのでしょう。

今の採用難の時代からしたら、信じられない話だね。

ひみつその1:海の家は、無敵の買い手市場だった。


このレベルの秘密がたくさんある。

あの写真の建造物、毎年建てて、毎年壊してるんです。
あの形で存在するのは、ひと月くらい。

海の家は、ぜんぶで5~6件あって(時代によって変化)、場所によって客引きの有利不利があるので、毎年位置をひとつずつスライドするんですね。

ふだん土木作業員をしている祖父は、頭の中に作り方が入っているらしく、場所を変えながら、毎年あれを再現させていた(人を雇って、指示を出しながら自分も動く感じで)。

あるとき、設計図があるのかと聞いたら「ない」と言われた記憶がある。日曜大工を拡張すると、あのレベルまで行けるのでしょうか?

人間ってすごい……。
この記事を書きながら恐怖を覚えてきた。

ひみつその2:海の家の製法は、ひとりの頭の中だけにあった。


海の家をつくってしまうと、祖父はその後のオペレーションをバトンタッチします。誰に?

海の民がいるのです。

海の家で働きたい人たち。先ほどの電話をしてくるアルバイトの人たちもそうですね。そもそも、海の家で働くのが好きな人たちがいるのです。

伝説のキャラ、ゆばーばを彷彿とさせる叔母を筆頭に、海の家ヒエラルキーができあがっていた。

ゆばーば ⇒ 元ヤンキーの幹部 ⇒ 厨房のおばちゃんたち ⇒ アルバイト

仕事は壮絶を極める。灼熱のなか、動きを止めることが許されない。

重いものを持ち、熱いものを焼き、ゆばーばから火の玉のような叱責を食らう。地獄の絵巻の一場面に載っていそうだ。おまけに薄給、長時間労働。

本当にこんな場所で働きたいの?

それでも結論は変わらない。
いるのだ、働きたい人が。

わたしが思うに、海の家とは「祭り」なのではないだろうか? これが祭りだと考えると、すべてのことに納得がいく。

祭りは、疲れる、しんどい、一体感が大切、よくわからない作法がたくさんある、考えたらだめ、踊り狂え、やりきることに意味がある、苦しさの中で芽生える仲間意識、陶酔感、無の境地、燃え尽きて灰になれ。

すべては祭りだからやってられる。
わたしのように冷めた目で見てはいけない。

海の家はもうからない。昔、もうかった時期があったから続けてきたのだろうけど、わたしが大きくなったころにはもう赤字続きだった。

恐ろしいことにやり方を何ひとつ変えようとしない。

混乱を招くだけの膨大な食事メニュー、無駄な時間の使い方、非効率なオペレーション、関係者の怒号が飛び交う原因すべてが保存された。

今だからわかる。

あれは経営ではなくて、30日以上も続く気合の入った祭りだったのだ。考えること自体が間違いだった。しきたりに従うのが祭りなのだから。

ひみつその3:海の家は、従業員サイドのお祭り会場だった。


ここまで考えてようやくわかったことがある。
わたしが海の家に抱く感情の謎。

人は、祭りが異様に好きなグループと苦手なグループにはっきり分かれる(わたしはそんな気がしている。真ん中のグループもあるかもしれないが)。

残念なことに、わたしは後者だった。

冒頭でわたしは、(海の家の関係者であることが)恥ずかしくて黙っていたと書いた。自分なんて似合わないと思ったし、もっと言えば、後ろめたさを感じていたからだ。

わたしは、海の家直系の人間でありながら、その期待に半分も応えられなかった。

そうか、あれは祭りだったからなんだな……。

祭りが異様に好きなグループは、そうじゃないグループを巻き込もうとする。そこに悪気はない。こんなに楽しいことはみんな楽しいと思っているだけ。

でも、こちらに残るのはやらされ感と、楽しめない人間特有の、後ろめたさに似た感情なんだ。

少年時代の夏休み、お昼時に海の家から電話がかかってくるのが恐怖だった。客数がその日のキャパを超えると、無計画に、とにかく呼び出された。

ゆばーばが「早くこいー!」と叫ぶ。
本当は、海の家が「おーい、おまえも祭りに来いよー!」と誘ってたんだな。

嫌々祭りに参加していたおまえは、海の家が嫌いだったのか? 楽しいことはなかったのか?

わたしは夕暮れどきが好きだった。

あんなに忙しかった海の家から少しずつ人が減りはじめ、今はもう数組しかいない。あんなに暑かったこの場所が、今は少しだけ涼しい。ラムネを一本もらって、海に一番近いゴザに座って飲んだ。

片付けがほとんど終わりかけたとき、父や叔父やいとこや親戚が、大きいテーブルを中心に、ほんの束の間くつろぐときがある。思い思いに緊張を解いていた。

ここでは、海に沈みかけた浅い角度の夕日に、目の高さが合う。

もしも死ぬ直前に好きな景色が見れるなら、わたしはこの景色に出てきてほしい。できれば、いろんな人にいてほしい。

幼いころにたくさん遊んだいとこ、学生時代の友人、連絡先のわからなくなった思い出の人たち。時空なんて歪んでていいんだから、奥さんも子供もいる。祖父に祖母、亡くなった人たちもいる。

海の家にはたくさんの席がある。
入れない人なんてない。

わたしは涙が止まらないだろう。
こんなに最高のお祭りなのに。

ひみつその4:夕暮れの海の家は、幸福感に満ちている。


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焔ふぁい|FIREの精霊 クリエイターであり続けたいー! が、整体に行かないと死ぬ。ポンコツゆえ、ポンコツゆえ、300円よろしくお願いしまーーす!

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