片方の靴を隠された子供の姿を見たとき、思わずわたしはコンサルの仕事をした。(創作大賞 / エッセイ部門)
学童に子供を迎えに行ったとき、「片方の上履き」しか履いていない子供の姿を見たら、皆さんは何を思いますか?
そのビジュアルが一瞬で思い浮かんだ方もいらっしゃるかもしれません。
そうです。
すごくみじめです。
当然ですが、靴がひとつしかないのですから、片足は靴下で歩いています。
こんなに悲しいビジュアルは中々ないのではないでしょうか?
それが年端のいかない自分の子だったら?
もしも誰かに隠されたのだとしたら?
皆さまのはらわたは今、何度ですか?
◇ ◇ ◇
その日は、夕方から雨が降る予報だったので、仕事を中断して早めに迎えにいった。
学童の職員さんに声をかけ、子供を呼び出してもらう。すでに雨の気配が濃厚だったので早く出てきてほしかった。
彼はどうやら図書室にいるようで、移動に少し時間がかかるようだ。
「〇〇くん、内履きをなくしたって」
所在なく待つわたしに学童の別の子が声をかける。
内履きをなくす――?
そんなことあんの?
ややあって、学童の主任っぽい年配女性がうちの子を連れたって現れた。
例の、片方靴下のすごいビジュアル。
主任は「探したんですけど、見つからないんです」と言った。
「えっ、そうなんですか」
――このあと、皆さまだったらどう受け答えしますか?
◇ ◇ ◇
「そうですか、困りましたね……。誰かが間違えて、履いていったのかもしれませんね。しばらく様子を見ましょうか……」
これが模範解答というか、空気を読んだ回答ではないかと思う。
わたしは空気が読めない。
正確には、空気を読まない回答をたくさん思いつくことができる。
わたしくらいのレベルになると、「空気を読んだ回答3つ+空気を読まない回答97個」の中から選択できる。
わたしの選んだ回答はこれだった。
「……ふつう、片方だけなくなりますかね」
この言葉を受けて、主任が反応した。
「そうですね、片方を間違えて履いていった子がいるなら、片方残るはずなんですよね。そういう靴はありませんし……」
この様子から察した。主任は、何かに気づいている。空気を読まないレベルを上げてしまってもいい。
軽々しく人を疑ってはいけない。
低学年の子供たちを疑うなんて大人気ない。
子供の問題は現場の人にまかせたほうがいい。
そんなの、知らんがなだ。
「これ、隠したやつがいますね」
「そ、そうですね……」
主任は、顔色を隠そうとしなかった。
現場の空気感をもっとも知る人の、この反応。
問題は確定した。
◇ ◇ ◇
わたしのはらわたは、どれくらい煮えくり返っていたのか?
正直な気持ちを言うなら、35度だ。
とてもぬるめの風呂だった。
なぜか――?
当の本人が、ぜんぜん気にしていない。
自分の子供時代を思い返すと、こんなシチュエーションに置かれたなら、みじめで、悲しくて、泣きじゃくっていただろう。
そうだったなら、怒れた。
しかし、わたしの子は、顔色を変えずに「面倒くさいからもう帰ろうよー」と何事もない風なのだ。
サイコパスか、こいつは!
そういう状況もあって、わたしの頭は冷静なコンサルモードに切り替わっていた。
わたしは、転職のキャリア的に、ニュートラルな状況ではコンサル思考をするクセがある。
内履きが片方しかない状況で帰ってしまったら、明日はどうすればいいんだろう?
実務的なところが気になってきた。
どうすればいいのか普通に聞きたい。
学童の人に聞いても仕方ないから、担任の先生だな。
「職員室に行くか」
子供を連れて職員室に行くことにした。
内履きが片方しかない場合の、明日のオペレーションについて聞きたかったのだ。優先度の高いミッションはこれ。
隠されたことは確定だから、ついでにその情報も共有しよう。
問題を解決するには、まずは関係者のあいだで問題を定義・共有する必要がある。
存在しない問題は解決しないからだ。
幸い、担任の先生がいた。
職員室のドアを開ける。
◇ ◇ ◇
「状況を詳しく説明して」
その先生とは初めて会うのだけど、熱心で頼れる、中堅くらいの女性だった。
わたしではなく、子供のほうを見て、子供に聞く。こういう人は信用できる。
「えっと、えっと」
たどたどしくも子供が説明する。
担任の先生を先頭に、わたしたちはふたたび学童に向かう。
子供は、消しゴムもふたつ盗まれていたことが判明した。
問題が拡大。
担任の先生は正義感に駆られている。
この状況ならいいかと思い、空気を読まないレベルを上げる。
「消しゴムとはいえ、立派な泥棒です」
先生は苦い顔をしてうなずく。
「消しゴムなんて安いものですが、こちらの心も時間も奪っているんです」
わたしはついでに、ミヒャエル・エンデの「モモ」のようなことまで言った。
学童にてかち合う大人たち。
情報がバシバシ行き来する。
なんと、内履きが見つかっていた。
わたしたちが職員室に向かったあと、関係者がもう一度探してくれたのだ。
女子トイレに隠されていたとのこと。
あらわになった悪意。
ウチの子が学童の奥を指さし、「たぶんあの子だよ」と言った。
えっ、犯人知ってんの?
「実は、これまでもこういうことが何度かあったんですが、わたしたちも証拠がないから、はっきり聞けなかったんです」
常習犯っぽい子がいたんだ!
主任の言動が、すべて納得いった。
ほとんどのことがわかっていたのか。
◇ ◇ ◇
ここから先はわたしの領分ではない。切り上げどきだ。
ああ……、めっちゃ時間を使ってしまった。
仕事が途中だったのに。
ぶじ内履きが戻ってきたので、「それでは、何かわかりましたら連絡をください」と告げ、帰宅することにした。
たいして怒ってなかったけど、「怒ってます」とも言った。
外はどしゃ降りだった。
「消しゴム、なくなっちゃったんだよね……」
ふたりで雨に打たれながら、家とは反対側の百円ショップに向かった。
自転車を手で押しながら、滝のような雨に打たれているうちに、「あの野郎……」とさすがにちょっとむかついてきた。
「パパ、濡れちゃって大丈夫?」と自分も濡れている子供が気を遣ってくれた。
この優しい子のために行動してよかった。
「うん、ありがとう。折りたたみ傘を持ってくればよかったね」
◇ ◇ ◇
行動したのは、わたしだけじゃなかった。
帰宅後に主任から電話があった。
思い切ってその子に聞いたのだそうだ。
靴を隠したことを認め、消しゴムの隠し場所も教えてくれたという。
このことは、すぐ親に話すと言った。
そのほうがいい。暗い行動がその子の一部になる前に、早く切り離したほうがいい。
後日、奥さんを通じて、関係者が感謝しているという話が伝わってきた。
え、そうなんだ。
仕事を増やした人と思われてないか心配していた。
誰のコメントかはわからないが、「今どきめずらしい人」という評価だったようだ。
そうなの……? どういうところだろう?
ふつうは、しばらく様子を見てしまうのだそうだ。問題を先延ばしにする。
いや、問題は切り分けなければいけない。
問題には、すぐに解決できること、時間がかかること、まったくわからないことがある。
会社だろうが、学校だろうが、「すぐに解決できること」はたくさんあって、そこを先伸ばしにすると、タスクがいっそう複雑になる。
それはコンサルの仕事を通じて学んできたこと。
そして今回、わたしが「すぐに解決しようとしたこと」は、内履きが一足しかない場合のオペレーションだ。
全体を解決しようだなんて思ってもいなかった。
まさか「一足の問題」を解決するつもりが、一足飛びにうまく行ってしまうとは。
きっと、問題に向き合う姿勢が関係者に伝わったのだろうと、前向きにとらえたい。
……………………
数日後、子供を学童に迎えにいったとき、今度は折りたたみ傘がなくなっていた。
それ、わたしが貸してあげたやつじゃないか!
もうええわ。
コンサルは思考を放棄した。

スキ・シェア・コメント大歓迎
▼記事を書いたのはこんなひと▼
▼エッセイも創作作品も書いてます▼
【メディア様へ】現在、個人事業に若干空きがございます。独自路線の記事が得意です。企画・執筆のご相談はDMまでお気軽にどうぞ。
いいなと思ったら応援しよう!
クリエイターであり続けたいー! が、整体に行かないと死ぬ。ポンコツゆえ、ポンコツゆえ、300円よろしくお願いしまーーす!