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愛よ、巡れ! キルビルの世界が変わった正直なお仕事(エッセイ / #正直になってよかったこと)

正直になってもろくなことがない。

相手のためを思って何かを言ったとき、相手はだいたい襲いかかってくる。

持ってくる武器が、刀なのか、吹き矢なのか、マシンガンなのかの違いだ。

それはキルビルの世界。復讐心に燃え、必殺の刀を振り回してくるやつと、不毛な戦いを繰り広げるはめになる。

キル・ビルはこんなの。

刀はまだマシなほうで、吹き矢で静かに命を奪う輩もいる。わたしは知らぬうちに何度か命を落としていると思う。

正直とはリスク。

ただでさえ、波乱に満ちた人生を生きている。

いちいち余計なリスクをとっていられない。

波乱に満ちた転職人生。

それがわかったうえでなお、相手のために何かを言う。刃を身に受ける覚悟、自己犠牲の精神がなければ成立しない。

正直とは愛だ。

計算を超えたなにか。伝わってくれるかもしれないわずかな可能性のために不利益をしょい込む。

よほど親しい人のためでなければ、この技は使えない。

それなのに、ある職場の後輩に使ってしまったことがある。

◇ ◇ ◇

広告代理店だった。広告代理店は、お客様ありき、協力してくれる外部パートナーありきの仕事。

問題の後輩は、お客様サイドから転職してきた人で、言動がすべて上からだった。

当然うまくいかない。同僚から陰口を叩かれ、仕事を干されたような状態だったのではないかと思う。

上長からわたしのプロジェクトに加えてくれと話がきた。

彼女の仕事ぶりは、想像を絶するものだった。

失礼すぎる。

協力してくれるフリーランスの人にいかにも上からのメールを送る。お客さまにも失礼な文面を書く。

わたしにも、恐れおののくラインがきた。
「〇〇さん、今日出社ですよね。私の机に書類が置いてあったら△△に送ってください」
おまえは上司か!
わたしは「承知いたしました」と返信した。

この人を……、外部の人と接触させるわけにはいかない。

とはいえ、関係者との簡単なやりとりしか、まかせられる仕事がない。

最終手段。すべての文面を添削することにした。

なぜ元の文面がよくないのか、丁寧に説明した。
いつかわかってくれると信じて……。

しかし、あるとき彼女は、わたしがサンプルで書いた文面をそのままコピペして顧客に送った。
「いつも大変お世話になっております。〇〇です(※ わたしの名前)」
おまえの名前は〇〇じゃないだろう!

注意しても響かないことが衝撃だった。
自分の名前を間違えて気にならないの? 

この人はもうダメだ……。

何度言ってもわからないし、何よりやる気がない。

プロジェクトはもう終わりかけ。あとは見学してもらってお別れしよう。

しかし、最後にむずむずした。

この人は誰からも本音を言ってもらえず、陰口を言われるだけの存在になってしまうんだろうな……。

わたしは不利益を承知で正直にお話した。
今のコミュニケーションスキルが非常に厳しいこと、このままでは関係者に嫌われて仕事にならないこと。

彼女は「自分の言葉の何がだめなのか本当にわからないんです」と言った。

なるほど。そうだったのか……。

わたしは正直に、それには特効薬がないこと、時間がかかるかもしれないけど、相手の立場に立って何度も考えるしかないことをお伝えした。

……………………

人間は大きく2つに分けられる。

変わって成長できる人。そして、決して変われない、変わらない人。

わたしの中で彼女は「変わらない人」だった。

最後に本音をお伝えしたのは変わってほしいと思ったわけじゃない。関わった者の責務、わたしの中の職業倫理から来たものだった。

彼女はその後どうなっただろうか――? 

3か月後……。驚いた。

彼女は想像もしなかった積極性を見せた。人が変わったかのようだった。いや、変わった。

小規模なプロジェクトだったけれど、すべてをまかすことができた。

彼女の中で何かが変化したのだろう。その変化はわたしの世界も変えた。

彼女は変わらない人のはずだった。

それなのに変わった。

その瞬間、わたしの世界の境界線が変化した。

「何をしても無駄で何をしても変わらない世界」から、少しだけ、「成長して変わることのできる可能性に満ちた世界」に軸が移動した。

その気持ちは、歓喜に近いものだった。
はじめは彼女の成長が嬉しかったのかと思った。

違った。
彼女が見せてくれた世界、変えてくれた世界がまぶしすぎた。

彼女が変わった理由は、はっきりとはわからない。わたしの影響も少しあったらいいなと思う。

――とびきりの成長と、ちょっと豊かになった心。

正直さという愛が巡ったのだとしたら、こんなに美しいストーリーはない。

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