映画感想文「国宝」、上映時刻を30分間違えた話を聞く?
わたしは駅から少し離れた場所のインドカレー屋にいた。
イオンシネマで予約した映画「国宝」の上映時間まであと30分。
少し余裕をもって出るか。
念のためにチケット代わりのメールを確認する。
ん?
「13:45」上映だと思ってたけど、
「13:15」なの?
今がその13:15なんだけど……。
絶望。
◇ ◇ ◇
このごろ映画は、アマゾンプライムやらネットフリックスで面白い作品がいくらでも観れる。
映画館で作品を観る行為は、体験型、話題型にどんどんシフトしている。
体験を楽しむことが目的ならば、映画を観に行くというイベントは、上映のずっと手前からはじまってると言えるだろう。
食事をどうするか。どこに立ち寄るか。上映までの時間をどう気持ちよく過ごすか。
わたしのひさびさの映画体験は、大トラブルではじまった。
◇ ◇ ◇
上映時間が13:15で、今が13:15ならもう無理じゃん。
ええー、お金だけ払って映画観れないの?
自分めちゃくちゃ馬鹿だな。そりゃ転職も失敗するわ。
とにかく、このカレー屋出なきゃ。
レジでインド人の店員に「支払いは何が使えますか?」と聞くが言葉がうまく通じない。
カードが使えるようなので、カードで払いたい旨を伝えると、インド人が「ぐっ」となった。
ああ、手数料的にお店側が損なのか。ごめんね。
とういか、こんなやりとりで時間をロスしていいの?
とりあえずイオンに向かうしかない。わたしは自転車をがむしゃらに漕ぐ。あれ、なんか見たことない景色だぞ。
この局面でわたしは道に迷った。
わたし、とんでもない馬鹿だな。そりゃ転職に失敗するわ。
映画もう無理だなーと思いながら、グーグルマップでイオンの位置を確認し、自転車を必死で漕いだ。
今日、イオン、めっちゃ混んでる!
自転車を置く場所を必死で探し、殺し屋にでも追われているような様相でイオンの店内を進んだ。
目指すは5F。速く、速く、速く。全集中の呼吸!
シアターの入り口って一個しかないんだ。
駅の改札のような場所に、人が列になっている。
上映作品が並ぶモニターに、国宝がもう表示されてないんですけど。
これ、入場拒否されるんじゃないかな……。
ドキドキしながらわたしの番になる。
「すいません、時間間違えちゃって……(本気の間違え方なんです!)」
しかし、意外なことに、「ああ、どうぞ」
わたしはスクリーン3にダッシュした。
◇ ◇ ◇
まだ館内が暗転する前だ。
まさか間に合うのか――?
狙ってはいた。映画は、上映時間になっても宣伝の時間帯があるので、すぐには始まらない。
それにしても、こんなに宣伝が長いとは……。
本来うれしくないけど、今回に限ってはうれしい誤算だ。
映画館は満員状態。
えっと、わたしは一番端の席を予約したから……
うっ、あの向こう側まで、人をまたいで行かなければならないのか。
観客席は人が通れるような設計になっていない。
すいません、すいません。
なんだこいつと思われるのを覚悟で、わたしは観客の足を乗り越えていった。
わたしの席に荷物が置かれていた。
となりのおっちゃんに「マジかよ?」と言われた。
マジです。すいません、間に合ってしまったんです。荷物どけてください。それを凝縮して「……すいません」と言った。
わたしの阿呆を差し引いても、おっちゃん、ちょっと面倒そうなひとだな。お行儀よくしないと。
わたしが席に座るのと同時に館内が闇に包まれた。
本当にぎりぎりのタイミングだったんだな……。
◇ ◇ ◇
映画がはじまっても、トラブルがわたしを襲う。
カレー屋から全力で自転車を漕ぎ、イオンでも休むことなく速足だったので、心拍数が変なことになっている。
目が悪いので、スクリーンのピントもいまいち合わない。
なにより、列の一番奥のこの席。
列はぎゅうぎゅう詰めだった。途中で席を立って戻ってくるとかぜったい無理だぞ。
この映画、3時間あるんじゃなかったっけ?
わたし、パニック障害持ちなんだけど。
自分に突っ込まざるを得なかった。
こんな席、選ぶなよー。
端は端でも、通路側を選ばなきゃだめでしょ。
せっかく間に合ったのに、退却を余儀なくされ、けっきょく映画を観れないリスクが持ち上がってきた。
わたしができることはただひとつ。
映画に集中すること。
「国宝」のおもしろさに賭けるしかない!
◇ ◇ ◇
すべての瞬間を大切に生きたいと思った。
人生を描いた名作を観ると、湧き上がってくる感情なのだろう。
人生は短い。
選べるものに限りがある。
選んだもの。与えられたものを大切にしたい。
国宝は、主人公が日本一の歌舞伎役者になる物語だ。
彼は頂点を手にした。
そういう人間は多くのものを持っているように思うだろう。
まったく違う。
選べなかったものが多すぎる。
彼が選んだものは景色だ。
彼にはイメージがあった。
一瞬の、美しい景色が見たかった。
国宝も、凡人も変わらない。
選べるものには限りがある。
選んだもの。与えられたものを大切にしよう。
思い浮かべたのはサーティワンのアイスクリーム。
イオンのフードコートにある。
いつも行列ができている。
わたしはひとりでは決して並ばない。並べない。
そうか、子供がいるから、サーティワンのおいしさを知る人生になったのだな……。
自分のすべてのものを大切にしたいな。
失敗とか成功とかそんなものはない。
すべてを慈しむだけだ。
国宝……、観れてよかった。
絶望からはじまって、絶望することなんてないと知る。
とても貴重な映画体験だった。

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