「有鉛ガソリン」と「フロン」――世界を終わらせかけた発明家、トマス・ミジリー そしてAIへ
20世紀。
人類は、自動車、冷蔵庫、エアコンなどによって、それまでとは比較にならないほど便利な社会を作りました。
しかし、その便利さを支えた二つの技術に、同じ一人の人物が深く関わっていました。
トマス・ミジリー・ジュニア
アメリカの技術者・化学者です。
彼が関わったのが、有鉛ガソリンそして、
CFC――いわゆるフロンの一種でした。
有鉛ガソリンは自動車エンジンの性能向上に貢献しましたが、
世界中へ鉛を拡散させました。
CFCは安全で扱いやすい冷媒として冷蔵庫やエアコンの普及を助けましたが、後にオゾン層を破壊することが判明します。
一人の人物が関わった二つの技術が、
二つとも地球規模の環境問題につながった。
そのためミジリーは、時に
「世界を終わらせかけた発明家」とでも呼びたくなる人物です。
もちろん、彼一人が世界を滅亡寸前まで追い込んだ、
という意味ではありません。
しかし、フロン規制が行われなかった世界を再現した科学モデルでは、
21世紀半ば以降、全球的なオゾン層の大幅な破壊が起こり得たとされています。
自動車を救った「有鉛ガソリン」
1920年代。
急速に普及していた自動車には、ノッキングという問題がありました。
燃料が異常燃焼し、エンジンの性能や耐久性を損なう現象です。
そこでGMなどの研究者たちは、ノッキングを抑える方法を探していました。
その研究に携わったのがミジリーでした。
1921年、ミジリーらはガソリンにテトラエチル鉛を加えると、ノッキングを大幅に抑えられることを発見します。
そして1923年には、有鉛ガソリンの販売が始まりました。
少量加えるだけでエンジン性能を改善できる。
当時としては画期的な技術でした。
ところが問題は、鉛そのものに毒性があることでした。
自動車が走るたびに、鉛が排気とともに大気や道路、土壌へ広がっていきます。
つまり自動車社会が発展すればするほど、鉛汚染も拡大していったのです。
危険性は「後になって初めて分かった」わけではない
ここは重要なところです。
有鉛ガソリンの場合、その危険性が何十年も後になって突然判明したわけではありません。
鉛の毒性そのものは当時すでに知られており、
ミジリー自身もテトラエチル鉛の研究中に体調を崩しています。
さらに製造現場では深刻な中毒事故が発生。
1924年には、スタンダード・オイルの工場で5人が死亡し、44人が入院する事故も起きました。
つまり有鉛ガソリンには、
「未来にならなければ分からなかった危険」だけではなく、
「警告がありながら普及してしまった」
という側面があります。
便利だった。
産業に利益をもたらした。
社会が求めていた。
だからこそ、危険の兆候があっても簡単には止まらなかったのです。
今のガソリンにも鉛は入っているのか?
現在、日本のガソリンスタンドで販売されている自動車用ガソリンは無鉛ガソリンです。
レギュラーもハイオクも、有鉛・無鉛の違いではありません。
今では「ガソリンにわざわざ鉛を入れる」ということ自体、不思議に感じるかもしれません。
しかし驚くべきことに、
自動車用有鉛ガソリンが世界から完全に姿を消したのは2021年です。
最後まで使用されていた国は、アルジェリア。
1920年代に普及し始めた技術が、世界から消えるまで約100年かかったことになります。
ここには重要な教訓があります。
技術を社会へ広めることより、一度普及した技術を止めることの方が難しい。ということです。
自動車
石油会社
製油所
物流
雇用
そして消費者
一度社会全体がその技術を前提として作られてしまうと、危険性が判明しても簡単には止められません。
そしてミジリーは「フロン」を生み出す
さらにミジリーは、もう一つの歴史的な技術に関わります。
CFC――フロンです。
当時の冷蔵庫では、毒性や可燃性のある冷媒が使われていました。
そこで、安全で、燃えにくく、扱いやすい冷媒が求められます。
その解決策として1928年、ミジリーらがCFCを開発しました。
当時としては非常に優れた発明でした。
冷蔵庫やエアコンをより安全にし、人類の生活を大きく便利にしたのです。
しかし後に、その最大の長所だった「非常に安定している」という性質が、問題を引き起こします。
CFCは地上付近では分解されにくいため、長い時間をかけて成層圏まで到達します。
そこで紫外線によって分解され、放出された塩素がオゾンを破壊します。
つまり、人間にとって安全な冷媒が、地球を紫外線から守るオゾン層を傷つけていたのです。
有鉛ガソリンとは少し違う「フロンの怖さ」
ここで、有鉛ガソリンとCFCには一つ大きな違いがあります。
有鉛ガソリンでは、鉛の毒性や製造現場での事故など、危険を知らせる兆候がかなり早くから存在していました。
一方、CFCがオゾン層を破壊するという問題は、開発された1920年代にはほとんど予想されていませんでした。
むしろCFCは、安全で、燃えにくく、安定している。だからこそ優れた物質だと考えられていたのです。
ところが数十年後、その「安定性」が地球規模の問題につながりました。
つまり、
有鉛ガソリンは「危険の警告がありながら普及した技術」
CFCは「当時は見えなかった危険が、後になって判明した技術」
同じミジリーが関わった二つの技術は、科学技術が抱える二種類の危険を象徴しているようにも見えます。
もしフロンを規制していなかったら
1970年代、科学者たちはCFCがオゾン層を破壊する可能性を指摘し始めます。
そして1985年には、南極上空で大規模なオゾン減少――いわゆるオゾンホールが確認されました。
1987年には、モントリオール議定書が採択され、CFCなどの規制が始まります。
もしこの規制が行われず、CFCの使用量が増え続けていたらどうなっていたのでしょうか。
科学モデルでは、21世紀半ば以降、世界規模でオゾン層が深刻に減少する可能性が示されています。
オゾン層は、有害な紫外線から地球上の生命を守っています。
だからこそ、「世界を終わらせかけた」という表現には多少の誇張があるとしても、危険そのものは決して小さなものではありませんでした。
幸い、人類はフロン問題では方向転換することができました。
現在、オゾン層は長期的には回復へ向かっています。
これは、
地球規模の問題でも、人類が科学的な警告を受け入れ、国境を越えて協力すれば方向転換できる
という貴重な成功例でもあります。
トマス・ミジリーは「悪人」だったのか
ここでミジリーを、
「環境を破壊した悪い発明家」
とだけ見るのは少し違うと思います。
記事画像はかなり悪そうにしてしまいましたが……すいません(笑)
彼が解決しようとした問題は現実に存在していました。
エンジンのノッキングを防ぎたい。
危険な冷媒をもっと安全なものにしたい。
そして実際に、その問題を解決しました。
問題なのは、目の前の問題を解決した技術が、数十年後に別の巨大な問題を生み出したことです。
便利さはすぐに分かります。
しかし副作用は、何十年も経ってから現れることがあります。
そして問題が見つかった頃には、その技術はすでに社会へ深く入り込んでいる。
これこそが、科学技術の怖さなのかもしれません。
シラード、ミジリー、そしてAI
先日取り上げたレオ・シラードは、原子爆弾開発への道を開くきっかけを作りながら、最後にはその使用を止めようとしました。
しかし止めることはできませんでした。
ミジリーが関わった技術にも、似たところがあります。
自動車用有鉛ガソリンは約100年使われ続けました。
CFCも世界中へ普及した後に、ようやく規制されました。
そして現在、私たちは新しい巨大技術を手にし始めています。
AIです。
AIは医療、教育、科学、仕事を大きく変える可能性があります。
しかし同時に、
監視
偽情報
自律兵器
仕事の代替
人間の意思決定への介入
といった新しい問題も生み出すかもしれません。
有鉛ガソリンもCFCも、
最初から世界を傷つけるために作られたわけではありません。
むしろ、人間の暮らしを便利にするために作られた。
だからこそ、この歴史は怖いのです。
世界を壊すのは「悪意」だけではない
危険な技術というと、悪意を持った誰かが作ったものを想像しがちです。
しかしミジリーの物語は、別のことを教えてくれます。
もっと便利にしたい
もっと安全にしたい
もっと効率よくしたい
そんな、ごく普通の人間の願いから生まれた技術でも、世界を大きく傷つけることがある。
だからといって、科学技術を否定するべきではありません。
CFCがオゾン層を破壊すると発見したのも科学です。
そして科学的な警告をもとに、人類は国際協力によって最悪の未来を回避しました。
重要なのは、技術を恐れることではなく、盲信しないこと。
便利だから使う
儲かるから普及させる
一度始めたから止められない
そこで思考を止めないことです。
1920年代初頭、人類は自動車を快適に走らせるため、ガソリンへ鉛を加え始めました。
1928年、人類はより安全な冷媒を求めてCFCを作りました。
どちらも、その時代には合理的な選択でした。
そしてどちらも、後に地球規模の問題になりました。
だからトマス・ミジリーの物語は、決して過去の話ではありません。
核兵器
化石燃料
プラスチック
SNS
そしてAI
新しい技術を手にするたび、人類は同じ問いを突きつけられています。
「目の前の便利さのために、未来へどんな代償を送っているのか」
世界を壊すものは、必ずしも悪意とともに現れるとは限りません。
むしろ、
私たちが「素晴らしい発明だ」と歓迎したものの中に、未来の問題が隠れていることもある。
そして同時に、問題に気づいたとき、人類にはそれを修正する力もあります。
トマス・ミジリーの人生は、
科学技術の恐ろしさ、と
それでも科学と向き合い続けなければならない
その両方を、強烈に教えてくれるのです。
