ヘメロカリスの心|今日を躊躇する理由がどこにある
いつからだろう。明日を計算して生きるのが、自分にとって少し窮屈に感じられるようになったのは。
「もっと先を見て動きなさい」
「過去の失敗から学び、次に活かしなさい」
世間が求める生き方の教科書には、いつもそんな言葉が並んでいる。未来のために今日を節約し、過去の経験を積み上げて賢く生きる。それができない自分は、どこか歪で、時代遅れなのではないか。そんな後ろめたさが、澱のように胸の底に溜まっていた。
ベランダの隅で、ヘメロカリスが咲いたのは、そんな日の朝だった。
目が覚めるような、鮮やかなオレンジ色。外側に向かって、これ以上ないほどに反り返った花びらは、まるで今、この瞬間という時間を力いっぱい肯定しているようだった。そこには、過去を悔やむ陰りも、明日を不安がる計算もない。ただ、今日という24時間を自分の全出力で生きている。その潔い眩しさに、私は息を呑んだ。
しかし、その圧倒的な美しさを見つめながら、私の胸を突いたのは、静かな寂しさだった。
この花は、知っているのだろうか。自分が一日花であることを。
どんなに今日を完璧に咲ききったところで、夜が来ればすべては終わり、明日の朝にはその姿を消してしまう。今日抱いた情熱も、きらめきも、何一つ明日へ持ち越すことはできない。
「私の生き方と同じだ」と思った。
毎日をその日の全力で走りきり、一晩寝ればまたリセットされる。積み上がっていく実感のない毎日。この花が一日で役割を終えるように、私がいなくなったって、明日も世界は何食わぬ顔で回っていくのだ。
夕方、帰宅してベランダを覗くと、予感通り花は萎み、静かに内側へと閉じていた。昼間のあの輝きが嘘のように、うつむいている。
やっぱり、残らない。すべては今日という時間の中で消えていく。
そう思いながら、私は指先でその萎んだ花びらに触れた。
そのとき、ふと気づいた。
萎んだ花びらは、決して無惨に打ちひしがれているわけではなかった。むしろ、すべてのエネルギーをきれいに使い果たし、自分の幕を自ら潔く引いたかのような、奇妙なまでのやりきった質感がそこにはあった。
この花は、最初から残ることなんて求めていないのだ。
明日への約束がないのなら、今日を躊躇する理由がどこにある?
明日には次の世代に席を譲る存在だとしても、だからこそ、この24時間を自分自身のために100%で生ききって何が悪い。
「……そっか」
胸の奥の澱が、静かな覚悟へと変わっていく音がした。
私は、私のやり方で生きていけばいい。未来を過剰に恐れる必要も、過去に囚われる必要もない。ただ、この不器用な全力走を、私の生き方として続けてやろう。
翌朝、カーテンを開ける。
案の定、昨日の花は完全に終わり、静かに茎の根元へとうつむいていた。
けれど、そのすぐ隣。
昨日まではただの固い蕾だったはずの、新しい、まったく別の花が、朝の光を浴びて堂々と花開いていた。昨日と同じ、あの圧倒的なオレンジ色で。
まるで、朝日に向かって「はじめまして」と不敵に笑っているようだった。
「やっぱり、お前もそうか」
私はフッと口元を緩めた。
昨日の自分は、昨日の夜に置いてきた。今日の私は、今この瞬間に新しく生まれたばかりだ。
私は私のためだけに、今日という24時間を、最高に出力を上げて生ききってやる。
ベランダの共犯者と、静かに目を合わせた気がした。
🌸感謝🌸
いつも素敵なマガジンへ迎えてくださり、感謝しています。
私の紡いだ言葉が、新しい場所へと繋がり、また誰かの心に届くきっかけをいただけたこと、本当に嬉しいです。
🌸ぶどうスパークさん
🌸ゆらり🌹🫧 🫶💕さん
🌸あいさん💗Iカウンセリングルーム セラピストさん
🌸まぐ。さん
🌸ふあふあころねさん
🌸ゆらさん
🌸えりぃさん
温かいご紹介を通じて、多くの読者のみなさまとの新しい出会いを繋いでくださり、本当にありがとうございます。
🌸ゆらり🌸🫧 🫶✨さん
どんな空の下でも、あなたはあなたらしく。
hanatoshiki
