【本質論】社会人になぜ学び直しが必要なのか--成長の源泉は〇〇にある!
こんにちは。花丸たすくです。
きょう、初めて寄稿するので、正直、緊張しています。
ぼくの挑戦をきっと、読者の皆さまが温かく見守ってくださると思うので、皆さまを信じて筆をすすめたいと思います。
今後もキャリア形成に役立つ記事を書いていきますので、どうか、「スキ」を押して応援よろしくお願いします!
今回は「なぜ学び直しが必要なのか」、その本質に迫ってみます。
そして成長を約束する重要な起点について、お話します。
社会で求められる役割は常に変わる
サラリーマンを続ける中、痛感したこと。
それは、
「求められる責任や役割が、年齢や立場などにより、7年ごとぐらいで大きく変わり続けていく」
ということです。
実際、周りの同僚も年上・年下に関係なく、一時、勢いを見せても、求められる役割が変わるとピークアウトしてしまう姿を目の当たりにもしてきました。
キャリアの「つまづき」にすらなる、「変化という名の試練」。
これはどうすれば、乗り越えていけるのでしょうか?
一番の「成長の源泉」「現実を動かす力」とは
ぼくが試行錯誤の中で、現在進行形で一つ一つ、乗り越えながら実感していること。
それは、
「学び直し」こそ成長の源泉、現実を動かす力、
との1点です。
「今のままではなく、何かしなきゃいけない」「できれば自分だって現状を変えたい」そう思いながらも「どうすればいいかわからない」。
結局、目の前の煩雑さで日々が流れ、モヤモヤする気持ちを抱えている人って、わりと多いと思います。
ぼくは元落ちこぼれです。そしてそれを克服もしました。
世間には「〇〇大学方式」「〇〇大生100人が実践する」といったノウハウは山ほどありますし、ぼくも気になるものはチェックすることがあります。
でも結果的に、実行することなく終わることがほとんどです。
「しない」というより、「できない」という感じが近いです。
なぜなら、人の数だけ個性があるのと同じで、勉強にもその人の得意とする型が、それぞれあるわけですから。
数式をいじるのが好きで得意な人と、感性の中で詩を書く人とでは、やはり世界を理解·把握する感覚は違いますよね。
本来あるべき勉強とは
ぼくが勉強について思うこと。
それは、勉強は本来「等身大」でするものだ、ということです。
誰かと競争するための作業ではないのです。
第一の目的は
「自分が悔いなく生きていけるようになるため」
にすることです。
たとえ「世の中の役に立ちたい」という大きな志があったとしても、先の1点を問わなければ、続けられません。
いわば、そのための変化に対応するために「パワーアップ」をする作業だと思っています。
ただし、結果的に「勉強していない人」と差がつくことは事実です。
自分の「問題解決力」を高めるためには
たとえば弁護士や税理士、家庭教師、家事・お掃除代行など、プロの手を借りれば、対価の支払いが発生します。
当然、使うべきケースは限られてきます。
ゆえに、日常の仕事や生活では、自分で解決しなければならない、細かくて煩雑な出来事のほうが圧倒的に多く存在します。
また、人事などで立場や役割が変わると、求められるポイントも変わってきます(これが地味にやっかいなのです!)。
ならば、その「解決力」を高めていくしかありません。
そして、そうした「解決力」は必ずしも、知識量や学歴に比例するわけでもありません。
これは多くの「たたき上げ」の方が、実感されている通りです。
では、どうすればそれが身につけられるのでしょうか。
ぼくは、まさにそのカギこそ「学び直し」である、と思っています。
「学び直し」をすることで打つ手が早くなり、間違いなく判断の質・精度が上げていけるのです。
何より自分でできることでもあり、これ以上確実な方法はないとすら言えます。
新しい挑戦に不可欠なもの
さらにいえば、「もっと収入を増やしたい」「資格を取って、力をつけたい」などと、新しい挑戦をする時、まず何にぶち当たりますか。
少し想像してみると、ご理解いただけると思いますが、
「わからないことだらけ」なのです。
新しい挑戦とは、わからない出来事に出あい、それらに対応するということの連続なのです。
「あれ? これどうするの?」
「どこ見たらわかるの?」
「それ先に言ってよ」
「知らんがな、そんなこと」・・・
とにかく、こんなことの繰り返しなのです。
するとまず、
自分に「学び直しがしていける基盤」が整っているかどうか。
ここが地味に問われてくるのです。
そしてこの差はのちに成果において、非常に大きな差となって返ってきます。
ある程度見えている人は、手の打ち方や対応の仕方が一味違うからです。
さらに成果だけではありません。
成果が出るだけ、ましでしょう。
なにより「やっぱ面倒~。やーめた」となる確率をうんと減らすために不可欠なのです。
やめれば何一つ、そこから進みませんし、チャンスを作れませんからね。
自分に成長をもたらす起点は〇〇にあり
勉強は「インプットをすること」と思っている方は、多いのではないでしょうか。
もちろん間違いではありません。
しかし社会人にとっては、正解でもないのです。
なぜならいくら覚えたって、忘れるからです。
知識などは、googleで調べれば大体は出てきます。
社会人は、知識を知っているだけでは評価されません。求められる対応もできません。
ぼくは「成長につながる勉強」がより大事だと考えます。
そして、成長につながる勉強ができるために大事なのは、知識量でもなければ、学歴でもありません。
それは、
「気づき」です。
人は「気づき」を得てはじめて、変わることができるのです。
これね、言葉にすれば簡単ですが、冗談抜きで人生ずっと持っていける大事な「経験知」であり、成長を実現する究極の起点となりますので、ぜひ心に刻んでほしいと思います。
たとえば、あなたが社会人として「もっと誠実に」と先輩から言われたとします。
「あー、はいはい。わかってますよ」と思っている間は、情報が耳には入っていますが、心は動いていません。反応していない状況です。
しかし、自分が何度も営業をかけて、そのたびに軽くあしらわれて、それでもあきらめずに足しげく通い、「あなたがそこまで言うなら」と応じてくれた時に「ああ、やっぱり大切なのは、裏表のない誠実さだな」と実感した時、そこではじめて、あなたは変わるでしょう?
つまり、成果を出していけるのは、人より一つでも多くの知識を知っている人ではなく、
一つでも多くの「気づき」を通し「変化に対応できた人」なのです。
そうした積み重ねを通して、 自分が悔いなく生きていけるようになる学びこそ、本来目指すべき勉強だと思っています。
言いかえれば、気づきやすさをつくり、気づきのアンテナを磨くことにつながらないような知識収集は勉強とはいえないということです。
もちろん世界を広げる学問探究や専門的な学術研究は別として、実生活レベルでは、そう捉えたほうが価値的でしょう。
本のタイトルなどによくある「 〇〇 大生100人がいい」と言ったことが、同じように自分にもあてはまるとは限りません。
ムリに合わせる必要もありません。
知識不足の焦りから「速読」に挑戦して、落胆する必要もないのです。
本当の成長は、あなたが自分の“気づき”をもとに行動を起こしたときに始まります。
ぼくはこの1点に気づいてから、本当にたくさんの得をしました。
この1点を普段から意識し、気づきを重ねて人生を送れるかどうかで、その後に得られる果実は、何十倍、何百倍ときっと変わってきますよ。
今回の話を「学歴主義」の視点から論じたものが次の記事です。
良かったらお読みください。
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