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執着を外す


周りと同じ動きをしなければ認めてもらえない

集団で1つの指示に従えないと違うカテゴリー
に区分される

自分がやりたいことを主張して場に合わずと
困りもの扱いになる

大人になった今、私はこの枠に縛られる当事者ではなくなった。

むしろ、こうした「集団のあるべき振る舞い」というゲームのルールを理解した上で、周りと対話し、折り合いをつけながら遂行できるようになった自分を、今、冷静に見つめている。

それは、仮想現実のようなこの世の人生を生き抜くための、ひとつのゲームの攻略法を手に入れた感覚に近いかもしれない。

大人になったら環境は自分の意志で選んでいけたり、逃げたり出来る部分があるが、子供達は、小さい頃から家庭から始まり、園や学校や社会という小集団の中である程度規範を学ぶ環境に置かれている。

まだ精神や脳が未発達な子供達に、時代の流れも変わってきている中、個の自由の主張は抑えるようにし、日本特有の規範に合わせる、型に合わせる子が良い子、右向け右という小集団がいまだに良しとされる、伝統的な考えが多いのだな、と子供達が所属する集団との対話で、母親目線で感じる。もちろん規範は必要なのだけど…

うちはお兄ちゃんが発達特性があると幼少期に公から指摘があり、実際に育て辛さも感じていた。バイバイも拍手も言葉表出も家庭で訓練しないと2歳まで出てこなかった。

多動、脱走、睡眠困難、クレーン現象、目が合わない、おっぱいも吸わない、ママを人ではなく物として扱う、悪い事をしてダメな事を注意して怒っても止めずに、ずっとケラケラ笑う、コミュニケーションが人間的なものではなかった。明らかに黒だった。


初めての子育てに戸惑い、焦った私は、不足感から何とかしないと、と、親戚から紹介頂いた澤口俊之さんの発達障害の改善と予防の本を読んだことをきっかけに、これだ!と発達改善の道に突き進んだ。

公的療育では託児的要素や、特性をどう伝えて分かってもらうか現状維持しながら上手く付き合う方法を扱うところがメインで、成長を促す視点を持ったところはなかなかその当時は無かった。

成長したら卒業しちゃうからビジネス的に成り立たなくなる。それも分かるが、私はそこに身を起き続けることに子供の食べていける未来を想定した時、懐疑的だった。

色々な民間療法の先生達に問い合わせをしては学び、実践の日々。栄養療法、運動療法、専門家からのトレーニング、発達障害の病名に懐疑的なドクターを遠方からお呼びし、自宅に来て頂き、ただ改善、成長する言葉を権威ある人から聞いて安心して前に進むために見立ててて頂くためにお呼びした事もあった。

じっとできず多動が酷かったから、人にぶつかったり商品を散らしたり迷惑をかけないように、ハーネスをつけていたら「犬じゃないんだから、子供が可哀想に」と白い目で見られたこともあった。落ち着かせる改善のために毎日公園や家庭遊びで感覚統合療法を家事よりも懸命に沢山の時間を割くことが生活の中心になっていった。

私をものだと見ている彼と、人と人のコミュニケーションを、静止しながら、成り立たせ、血の通ったやり取りをするための取組だった。


また、私は怖かった。長年の治療の上に自分が健常の子を産めない事実を突きつけられるのが。母の顔も浮かんだ。孫を普通にしてあげたい。その頃の動機はそこがスタートだった。今その当時を振り返ると、明らかに外側の獲得で動いていたな。


それから、黒がグレーになり、人間的な血が通ったコミュニケーションが出来るようになり、集団行動にも馴染むようになったお兄ちゃん。


さらなる改善のためにと、保育士免許を取り、発達改善のインストラクターの資格も取って、生活の中に取り入れた。あの頃は毎日が発達を良くするための日々だった。


そして、息子が小学生になり、ただ生きやすい未来をと、更なる改善を目指してまた、新たなメソッドに手を出し、息子にトレーニングや、食事制限を要求した。

そこで強制終了が起きる。結局、その方法は合わず、それを機にトレーニングは辞めることに決めて、その後彼は彼のペースで色々とありながらも乗り越えていけるように今はなっている。

そして今、兄から次のバトンを交代するかの
ように、弟くんが小集団から指摘を受けるようになった。またもや8年前と同じような事象が目の前に起きている。

検診も問題なし、これまで育て辛さを
感じた事がなかった弟だからこそ、拍子抜けだった。

そこで自分はどう行動しよう?原点回帰、お兄ちゃんと同じ環境で育てようと考えた。

兄の経験から改善の道は分かっている。
弟は兄より程度が大分と柔らかいから変化も早く期待出来るだろう。今いる保育園からのびのびした幼稚園の環境に移り、やってきたことを、また弟君にもやるんだ、と決意を新たにしていた。

でも、立ち止まり、自分の今の境遇を考えたときに昔のやり方を踏襲して弟くんに実践するのは現実的ではないことが明らかだった。


また、気が乗らないというか、そこに向く
力は周りだけ形作られていて、中身が何も
入っていないような感じがした。気合い
だけで成り立っているような。

もう8年前のガムシャラに頑張る
私には想像しても戻れる気がしなかった。

シングル、ワンオペ、両親と助け合いの中、
兄に働きかけた当時の自分の気概で行くと、今度は私が壊れてしまうな。とそんな予感がした。そこまでガムシャラにコントロールして
調整していく自分を自分が好まないことに気づいた。

もう、執着しなくていいんではないか…
そんな考えが出てきた

俯瞰して見れば、子供の育て方も色々な
パターンを経験できる方が、人生を振り返った
時に経験として、あぁ良かったなぁと、充実に結べたと言えるかもしれない。

魂が帰還するときに、より納得感が湧く人生
だったと言えるかもしれない。

2025年の悲しみを極める出来事を経てから、私は人生が一種のゲームのような仮想現実に
見える、感じることがある。


この箱庭のような、窮屈な空間に入れられて、
上や左右には広がるような突き抜けた綺麗な自然の風景や景色を一見、見せられつつも、色々と起きる滑稽な事象を、作られた窮屈な空間の中で、体験させられているんだ、と、身の回りの物体や事象をよく出来たおもちゃのように時々俯瞰して見る自分がいる。

精巧なおもちゃ箱のように、よく出来てるな、と時々思う。

そう考えると、これも生まれる前に私が設定してきたゲームのシナリオの一部のようなものであるから、この仮想現実に争う事なく、流れに身を任せて楽しむのもアリなんじゃないか。


そこを楽しみ、悲しみ、色々な感情を味わっていくことが人生の醍醐味なのかもしれない。

普通じゃなくてもいいんじゃないか


彼の成長のスピードに合わせてみる育児を
次は体験せよ、ってことかなあ。と俯瞰して見てみる。


時代はコントロールすることから変わり、

委ねる、信頼する、それをこれからは子の成長への執着を脱ぎ捨てて、流れに身を任せる時期

入ったのかもしれない。


楽をするという意味ではなく、子は見守る、
芯は外さないように見守りながら、子の魂の成長スピードを信頼することが、次の私に与えられたミッション、学び、体験したいことだから今現れてるのかなと思った。


幼稚園だと平日の短時間の預かりしか無く、休み期間も長い。シングルの生活基盤的には必要な時に預けられないのは、精神的、物理的ダメージが削がれる。


幼稚園に属しながら、必要な時に他保育施設を利用することは今の自治体では不可能、受け皿自体がない。ベビーシッターに任せるか。

そこまで時間的、金銭的犠牲を自分にして頑張る意味があるのか。と問い直した。


今は、のびのび幼稚園からまた新たな彼に見合った保育園への転園も選択肢に入れて自分の基盤を大切にしながら、弟くんの成長ペースも尊重しながら、信頼する育児をしてみたい。
と考えている。

また考えが変わるかもしれないが、今はそう思っている。明日は春分の日。その前に、今までのバラバラなピースを整理して、何か1つの成り行きに繋がった気がした。

自分の選択を信頼して、違ったら都度、
修正をかけていけばいい。

前と違うことは、自分の魂が違うと思う
場所に滞在することが難しくなってきた。
自分が身を置く場所が重要だと感じる。

以前より、取捨選択、物事の見極めと決断のスピード感と共に自分への信頼感を増し、進めていくことが潔く、自分の中で進んでいると感じる。

社会の規範(右向け右)というルールの中で遊ぶのも、そこから一歩外れて自分のペースで歩くのも、どちらも私が選べるゲームの選択肢のひとつなのだ。


#発達
#発達改善
#シングルマザー
#ワンオペ
#執着

先日、コアエッセンス、アドバンスクラス
の講座の卒業を🎓無事迎えることが
出来ました☺️✨

先生方、お仲間の皆様に感謝です✨🥰✨
講座は終わりましたが、これからが
また新たなスタート✨
ハッピーラダーを引き続き皆さまと
登っていきたいです❣️✨



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