季節は曲がり角で待っている
よりみちという言葉には、少しだけ後ろめたさがある。
本当なら、まっすぐ帰るはずだった。
本当なら、次の町へ向かうはずだった。
それなのに、曲がってしまう。
北海道を走っていると、そんな道が多い。
湖へ下りていく細い道。丘の向こうへ消えていく道。地図には名前も載っていないような、畑のあいだの一本道。
時間に余裕があると、ついハンドルを切ってしまう。
そこに何があるのかは、分からない。
たいていは、何もない。
家もなければ、自動販売機もない。しばらく走ったところで行き止まりになり、結局、来た道を戻ることもある。
それでも、何もなかった道を覚えていることがある。
八月の草が、道路の端まで伸びていた。
牧草ロールが遠くにいくつも転がっていた。
雲の影が、ゆっくり畑を渡っていた。
窓を開けると、少し湿った土の匂いがした。
ただ、それだけ。
けれど、観光地で撮った何十枚もの写真より、そんな一場面のほうが鮮やかに残ることがある。
考えてみれば、季節というものも、たいてい大きな道にはいない。
夏から秋へ変わる日が、道路標識に書かれているわけではない。
昨日までと同じ景色のどこかで、ススキが穂を揺らし、風が少し冷たくなり、夕方が少し早くなる。
その小さな変化を見つけるのは、たいてい、予定から少し外れたときだ。
人生も似ているのかもしれない。
ちゃんと目的地へ着いた日のことより、途中で道を間違えた日の景色を、ずっと覚えていたりする。
まっすぐ進むことだけが、旅ではない。
少し遠回りをしてみる。
曲がらなくてもよかった角を、曲がってみる。
そこには案外、季節のほうが先回りして待っている。

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