30代婚約破棄で人生白紙。「やけくそ」で決めたカナダ留学が、私のキャリアを救うまで。
こんにちは、花出夏佳です。
30代後半に差し掛かったところで海外留学を決めるまでの体験談です。
しかもほぼ未経験の分野だと、就職難のリスクを考えちゃいますよね?
私の今までのキャリア
日本で接客業5年間(正社員)
ワーホリ3年間(日本食レストラン・ファーム・観光業・教育関係の事務)
リモートでマーケティング職(教育関係の海外の会社)
特別な資格はありません。
日本で英語を教えるのが夢だったけど、当時はキャリアの迷宮に迷い込んでいました。
もし30後半で留学するとしたら、お金も時間もかけて、すぐに40代になってしまう。
留学後に日本に帰国するとなると、この履歴書だと日本での就職は絶望的ですよね。
しかも、独身女。
こんな状況で、
カナダの公立カレッジのマーケティング2年コースを選びました。
今、このときのことを振り返ってみると、とんでもない賭けですね。笑
この留学は人生を賭けた判断でした、でも、本当のところは「半分やけくそ」で決めました!
えっ!?
よかったら最後まで話を聞いてください!
花出の20代のキャリア
接客5年、ワーホリ3年
日本で接客業5年間(正社員)を経験しました。
ブラック企業とはいかないまでも、毎日11時間働いていました。
(本当は9時間勤務なので、毎日2時間はサービス残業で残業代はなしでした。)
忙しい日々であっという間の5年間でした。
その後、30歳までにやりたいことをやらないと思い、オーストラリアで初めてのワーホリを始めました。
当時は1-2年で日本に完全帰国する予定で、ワーホリに行きました。
将来は日本で英語を教える仕事をしてみたいなと夢見ていました。
ワーホリ3年間では、日本食レストラン・ファーム・観光業・日系企業で教育関係の事務を経験しました。
オーストラリアの観光地でのお仕事は1年間ほど続けましたが、信じられないほど働きやすかったです。
こんなに働きやすくて、日本での正社員で3年間貯金できる額をこの1年間で貯金できました。(オーストラリアは物価も高いけど、あんなに日本で身を削りながら頑張って働いていたのに少しだけショックでした。)
週7日間毎日、働きたいと思いました。
自分がこんな感情を持つことに驚きました。
お金が貯まる手応えがあったのも大きかったんだと思います。
ワーホリを終えて、日本に帰国するとやっぱり日本で働こうかなと頭よぎりますが、結局息苦しさを感じて、断念してしまいました。
日本完全帰国に気が進むまず、気がつけばワーホリ生活3年間が終わりました。
日本に住むのは好きですが、働くのは気が進みませんでした。
日本の前の職場での労働環境を思い出しては、日本での厳しい労働環境から逃げていました。
さらに、英語や海外での経験が中途半端だと感じていました。
このまま日本で働けても、海外での経験を活かせるのか?
そんな気持ちでした。
30代、人生の予定表が白紙になった日
オーストラリアのワーホリ中に、オーストラリア人彼氏と出会いました。
30歳を過ぎたし、ワーホリ3年間も終え、これからのキャリアを考えないといけないところで、彼からプロポーズを受けました。
このときに、オーストラリア移住を決意しました!
オーストラリアでは前に勤めていた観光地で、まず働きたいなと思っていました。
2019年:約2年ほど付き合ったオーストラリア人彼氏からプロポーズを受け、ビザなどの準備をしていたところにコロナウィルスによるパンデミックが発生しました。
タイミングが悪く、オーストラリアへ渡航することはできず、コロナ禍は日本で過ごしました。
ビザが降りるまでは彼も日本にこれない、私もオーストラリアにいけない。
婚約後にこんなふうになるとは、、、神のいたずらか。。。
コロナ禍の自粛期間に見つけたブログ(アフィリエイト・SEO)
いつ終わるかもわからないパンデミック中は本当に不安でしたが、ブログ運営にハマりました。
趣味だった個人ブログが、お金を稼いでくれるようになり、SEOやデジタルマーケティングに興味を持ち始めました。
コロナ禍にフィリピン語学学校でのマーケティングマネージャーとしてリモート実務経験のチャンスを得ることができました。
しかし、マーケティングは未経験で体系的な知識(マーケティング)が必要だと痛感しました。
6か月間働いたところで、オーストラリアの婚約者ビザがおりました。
約1年ほど待ちました!!
仕事を辞めて、オーストラリアへ行く準備をすすめました。
オーストラリア移住、そして結婚まであと一歩。
ビザさえおりれば順調にいくはずだった。
しかし、オーストラリアへ行く航空券を予約したタイミングで、相手の浮気によってふられました。
ショックが大きかったです。
なんでこのタイミング?
実際に私がオーストラリアへ行ってからでは確かに遅いのはわかる。
もう1年半以上も日本で待っていたのに、、、
私のこの期間は一旦なんだったんだー。
しかも、30代後半にさしかかるところ。
オーストラリアに行く満々でオーストラリアでの生活について考えていました。
婚約者とは2019年にプロポーズされたあと直接会うことなく、関係が終わりました。
将来のプランがまさに真っ白。
オーストラリアにいくと思ってから日本の正社員での就活はせず、ブログ運営と海外会社のリモート職で働いていました。(こんなことになるんだったら、コロナで帰国した時に正社員で就活するべきだったよー。泣 自分が悪いけど、もう取り戻せないよー。)
もう30代半ばで、キャリア&結婚の予定が白紙。
結婚自体も厳しいし、まして自分の子供の望みは薄いなって感じた日でした。
もうどうしたらいいのか?
人生詰んだって思いました。
振られたショックを引きずりながら、でも時間もないから、将来のことを考えました。
不安でした。
落ち込んでいる場合でもない。
「やけくそ」と「現実」の狭間で悩んだカナダでコープ留学か公立カレッジ
将来への計画が真っ白になってからの再構築。
直近の2年間はオーストラリア移住のことしか考えてなかったから、つらいけど前に進むしかない。
海外に住むつもりでいたから、このまま日本での就職することに消化不良を感じました。
やっぱりもう1回海外生活に挑戦して、これを最後と気持ちにふんぎりをつけて、日本に完全帰国しようと思っていました。
留学エージェントとの面談:
2つの留学エージェントに相談しました。
相談内容は、1年または2年のコープ留学を考えていると話しました。
コースはデジタルマーケティングか総合的なマーケティング。
1つ目のエージェントには、バンクーバーでのコープ留学をすすめられ、デジタルマーケティングコースを提供している学校を教えてもらいました。
6か月間しか実務経験がないマーケティングコースなので、就活もうまくいくか不安でした。
永住権に有利な職種や場所を選択するわけではないので、気軽に、気晴らしで1年または2年間カナダに滞在して、日本にサックと帰ろうと思っていました。
これでこの長かった海外での生活を終わりにできると思いました。
2つのエージェントには、公立カレッジ2年+ポスグラ3年をすすめられました。
公立カレッジ!?
でも、もうこの年齢で永住権は厳しいから別に公立カレッジにこだわる必要はないような!?
もう30代なかば、ほぼ未経験のマーケティング。
ここでもうひとつ人生の博打を打つかと考えました。笑
コープ留学でサクッと日本に帰ってもそのあとの自分が苦労するなら、今の自分に苦労をかけて将来の自分を楽にするしかない。
「永住権のため」じゃなく、「日本に帰る時に苦労しない実務歴」を作るための5年計画をたてたいと思いました。
結局、コープ留学ではなく、公立カレッジ2年+ポスグラ3年を選びました。
オーストラリア移住計画がとん挫して、やけくその中での人生を賭けた挑戦になりました。
特に場所にこだわりはなく、語学学校のカウンセラーさんのアドバイスを聞いて、プログラムのカリキュラムの内容を吟味して何校か申し込みました。
デジタルマーケティングだけに絞らず、マーケティング全体を体系的に学ぶ方が就職の幅が広いかな?と思って、ビジネス全般でもプログラムを探していました。
オタワにある公立カレッジを選びました!
理由は、
申し込んでいたオタワの公立カレッジから入学許可レターがまさかの誕生日に届いたからです。
ほかのカレッジにも申し込みをしていましたが、単純ですがもうここしかないって思いました。笑
30代、ほぼ未経験からの「賭け」はまだ続いている
あの時の「やけくそ」な決断が、今の自分をどこへ連れてきてくれたか。
現在は、
公立カレッジの2年のマーケティングコースを無事に卒業
4か月間のCo-opつきのコースだったので、オタワにある会社でマーケティングコーディネーターとして働きました
卒業後にポスグラ取得 (ビザがでるまで約7ヶ月もかかりました。)
オタワでフルタイムのマーケティング職で就職しました
カナダ人パートナーとコモンロービザの申請準備中
最後の海外挑戦だと思っていたけど、まさかのカナダに長くいることになりそうです。
夢だったマーケティングの仕事で働けてうれしいです!
カレッジに行こうと決断したときの自分に話したら、今の自分の状況が信じられないかもしれないです。
人生のプランが真っ白になってから、ここまでくるには不安で長い道のりでした。
この後も苦労ばかりかもしれないけど、自分なりに立ち向かうしかないですね。
最後まで読んでいただきまして、ありがとうございました。
また次回、お会いしましょう。
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