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「ちょっと!」


今日も始まった。
あいつの小言だ。

「もっと端っこ歩きなさいよ!」
「寝ぐせがついてる!」
「昨日と同じ服じゃない!」

まるで母さんみたいだ。
幼稚園のころから、この調子だった。

小学校に入ってからも、クラスも席順も、
なぜか いつも近かった。

「何でまた、あんたの隣なのよ!」
文句は神様に言ってくれ、と思う。

「あんた、◯◯ちゃん 好きなんでしょ?」
密かに想っている子の名前だった。

「やめときなさいよ」
「関係ないだろ」
「◯◯ちゃん、性格すごく悪いんだから」
「お前ほどじゃないんだろ」

お尻をつねられた。
何かあると必ずだ。

不思議なことに、
あいつは母さん以外で初めて、
何でも話せる「女の人」だった。


六年生の三月。
風の強い日だった。

放課後。
いつもなら 追いかけてくるのに、
その日は違った。

帰り道の桜の公園。
入り口に、あいつが立っていた。

「どうしたんだよ?」

「赤い糸って知ってる?」

「知ってるよ。運命の赤い糸だろ」

背伸びして観たドラマの台詞を、
そのまま返した。

「私、引っ越すの」

「それって……」

砂ぼこりが舞って、思わず目をつむる。

「そう。お別れ」

目を開けたとき、
もう、あいつはいなかった。

風だけが、そこに残っていた。



中学生。
自分がこんなに無口だとは思わなかった。

味気ないほど平穏な日々に、
あくびを噛み殺した。

「あんた、最近 元気が無いわねえ」

母さんとの食卓。
父さんは単身赴任で、
いつ戻ってくるか分からない。

「マイちゃんが引っ越したからかしら?」
「そんなんじゃないよ」

なんだか、母さんと話しても張り合いが無い。

寝ぐせのままでも、
道の真ん中を歩いても、
何も起こらなかった。

好きな子ができても、
「性格どうなんだろう」なんて、
誰に聞けばいいのか分からない。

つねられたお尻の痛みも思い出せない。
声まで忘れてしまいそうだった。

授業中、ふいに黒板へ
あの日の言葉が浮かんだ。

「赤い糸って知ってる?」

運命の、赤い糸。
僕が「僕」でいられたのは――

「マジかよ……」

思わず声に出していた。
先生とみんなが、僕を見た。



高校生。
自宅から 一番近い公立高。

母さんは「もっと、シャキッとしなさいな」
父さんは電話で、
「母さんの言うことを聞くんだぞ」
あいつの小言みたいだ、と思った。

昼休み。
誰もいない屋上。

フェンス越しに広がる住宅街。
遠くにはスカイツリーが見えた。

こんな所からでも見えるんだ…

パンをかじる。
こぼれそうになったジャムの甘酸っぱい匂いが、
時間を少しだけ引き止めた。

あいつのいる街からも見えるのかな…


「口に何かついてるわよ!」


声が聞こえた気がして、
とっさに手で口元を拭った。

誰もいない。

少しだけ、胸のあたりがゆるんだ。

「いつも隣の席だったのにな…」


ぴゅーっと、風が吹いた。




その日も、いつもと同じ朝だった。
時間通りに起きて、家を出る。

寝ぐせを直し、道の端を歩いても、
隙間風は吹いてくる。

時計の針みたいに生きていくのかな、と思った。
心の奥が、きゅっと鳴った。

駅に着く。
重なり合う制服。

「もっと、シャキッとしなさい!」

声が聞こえたのと同時に、
ぽん、と肩を叩かれた。

「さすがに、寝ぐせは無いわね」

振り向く。

一瞬、時間が止まった気がした。
ポニーテールに変わっても、
口調は昔のままだった。

「お、お前……何やってんだよ」

「見れば分かるでしょ。女子高生やってんの!」

「そうじゃなくて、何でここにいるんだよ」

「制服見なさいよ。あんたと同じ学校でしょ」

確かに、同じブレザーだった。

「遅いんだよ」

「えっ?」

「人の気も知らないで……」

全身から、力が抜けていった。




一緒に帰るようになっても、
あの頃のようには戻らなかった。

久々にお尻をつねられた。
だけど、力は弱かった。

わざと頭を掻きむしってみる。
道の真ん中を歩いてみる。

それでも、あいつは少しうつむきがちで、
前みたいに怒らない。

妙に寂しかった。


「いつか……好きな人がいるって言っただろ」

「……」

「性格は……誰よりも知ってる」

「…………」

「だけど……最近、妙に大人しいんだ」

「それって…」

「それが気に入らない」

あいつが、顔を上げた。

「なあ、赤い糸…」

「えっ?」

「意味を……教えてくれよ」

しばらく黙っていたあと、
あいつは小さく笑った。

「ちょっと……今、それ聞く?」


風が吹いた。

昔みたいな、荒っぽい風ではなかった。







「何 ボケーっとしてんのよ、
引っ越し屋さん、来ちゃうじゃない!」


春の光が差し込む部屋で、
あいつの声が響く。

新しい生活が、始まろうとしていた。

二人で働いて、
あいつの小言に発奮しながら、
何とか頭金を作った。

小さいけれど、僕らの城だ。

「ちょっと! 胸…ほつれてるじゃない」

ポロシャツの刺繍から、一本の糸がのぞいていた。

「あっ」

「えっ?」

「赤い糸」

あいつは呆れたように笑って、
それから僕の胸元をそっと直した。

あの糸は、
ずっと前からあったのかもしれない。


ただ、気づくのが少し遅かっただけで。





( `・ω・´)ノ ヨンデクレテ アリガトウ🍀



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