心のない優しさは敗北に似てる。
最近仕事が終わると、今日も疲れたなぁと感じる。
その疲れとは忙しさや肉体的疲労からくるものでなく、明らかに"人付き合い"からくる精神的な疲れである。
前者が健全な疲れだとすると、後者はやや健全ではない疲れと感じる。
仕事自体は忙しくないのに、疲れているのだ。
これはおかしいよ、無駄な疲れ。
つまり、気疲れのようなもの。
何かを指摘したい時の伝え方ってとても難しいなと感じる。
ハッキリ伝えるべきか、伝えないでいるべきか。
嘘をつくべきか、つかないで正直にいるべきか。
伝える事も優しさ、伝えないでいる事も優しさ。
どうしたら良いか選択に迷った時、
その優しさに"強さ"や"勇敢さ"が内包されているかを確認したい。
保身のための優しさは偽りの優しさ。
わざわざリスクを負う必要は確かにないのかもしれない。
だけどその偽りの優しさを続けていたら、一体何が残るんだろう。
自分にも相手にも嘘をついて、そこまでして一体自分は何を守りたいのか。
"心のない 優しさは 敗北に似てる"
ハイロウズの"青春"という歌で、私のとても好きな歌詞。
人に何かを伝えるという事。
人を思いやるという事。
誠実であるという事。
分からなくなる。だけど簡単に分かったら逆にすごい。
分からないから悩む、もがく。人に気を遣う、後から脳内反省会を行う、そして疲れる。
誠実さも正しさも、その時その場所その人によって変化する。
大事なのは 柔軟さ なのかも。
柔軟でありたい。それもいいじゃん、それでもなんとかやっていけるよ、その考えもありだよ、そういう道も良いと思う、やってみて、その道を正解にしていけばいいよ。
そういう柔軟さ、軽やかさ。
忘れないでいたい。
時にヒール役を買う事もあるかもしれない。
人に何か言われたり悪口を言われたり嫌われるのを恐れて何もしないでモヤモヤと生きるより、嫌われても良いから時には言うべきことを伝えていくこと。
空気を読むことだけが大事ではない。
時には空気をぶち壊してでも何かを伝え、新しい空気を作っていくこと、そのような精神の強さや勇気が人に対する優しさ、誠実さに繋がって、もっと自分自身を好きになっていけるんじゃないかと、そんな人間になりたいと願ってる。
