冒険者#38
虚ろなる者
聖王国の王城の北西の一角……
城壁が崩れ去り、瓦礫が積み上がった場所がある……
あの、リスティ達魔族の襲撃以来、誰も近づかない忌むべき場所……
そこには、天使が葬りさられ、埋まったままだ。
誰もが魔族を恐れて、掘り返す者がいない場所……
だが今、三つの影があった……
実体も不確かな歪な影が一つ。

『貴様達が来たのか……』
声なき声……誰に聞かせるでもない声……

「ここは、まだ魔法文明も未熟です。科学技術もない……つまらない、ですよね?だから、私達だけ……」
角を持つ少女が、影より変じて実体を為す。
「美しい塵、無へと捧げるにしては、あまりに稚拙、あまりに弱小……白き皇を頂く国でさえ、魔族に食われて、このザマ……」
様子が、急変する。
姿が、絵を張り替えたが如く変わる。
雰囲気も、性質も変わる……
「あまりにブザマ!……あまりに矮小!……砂の山を崩すが如く、こんな世界、今すぐに原初に返してやろうか!……恥を知れ!」
「……価値がない!価値がない!価値が、何処にもない!」
笑い猛る……
「滅ぼす甲斐がない!崩す意味がない!」
「価値を示せ!無に帰す瞬間のために、彩りを添えよ!」
「存在自体が醜悪!……出来損ないの無価値な世界!」
空を食い千切るように叫ぶ……
猛る少女の手に、紅い赤い炎が生まれる……

「ネメシア」
最後の影が、名前を口にする……

「この世界は、お前の憂さ晴らしの玩具ではない……控えよ」
異質という形容では到底足りない存在が、そこにあった……
「名前など、意味がないモノで呼ぶな!」
炎を掴んで、怒りを潰す。
「全ては、最後に無に捧げられるべきモノ……意味がない……価値もない!」
ネメシアと呼ばれた少女が、空に浮かぶ生体戦艦を睨め上げる。

「で、どうする?……やるのか、やらないのか!」
影に声を投げつける。
『ザインが、この世界を滅ぼすなら、それでよしとしたが……闇帝の分体があのように動くとは……』
『あのリスティなる魔族……このエルサークを滅ぼすにしては、動きが鈍い……あてには、できぬか……』
「あの女神との盟約がある……我らが直接、手を下すことはない……これを使う……」
異質の存在が、瓦礫に視線を落とす。
「こんなガラクタ、役に立つのか?!……そうだな、役に立たせてやるか!」
獰猛に笑う……
「俺の力を一つ、くれてやる」
堪まらない……と言った風に口を歪める。
裂けるように、口が歪む。
昏き笑いに歪む……
『ならば、私からも……贈ろう。目に入る全てを滅ぼせるように……』
影が、足元の瓦礫に虚ろな視線を落としてゆく……
「……我は、別のものを用意しよう……お前を滅ぼした者に、等しく滅びを与えるがいい……」
異質の存在が空に浮かぶ戦艦、黒い空洞の如き瞳に捉える。
……全ては、美しき原初、虚無の輝きのために……
「主殿……あちらは、如何がいたしましょう?」
スィンが、台座に座り込むアインとツヴァイを見て、翼で空をひと打ちする。
「主命を頂ければ……直ぐにでも、霜を払うが如く……散らせてみせましょう」
アイン達が、息を呑む。
先程、目の前でベヘモスを始めとする魔物を、瞬く間に凍結させ、弑しめた氷の魔人だ。
魔力の尽きた彼女らでは、まさに風前の灯と言える。
「アイン、ツヴァイ、今のうちだと思うけど?」
ミュスカが、どこか自慢げに彼女達に近づいてくる。
「私も、別のヤツに散々な目に遭わされて、這いつくばらされて、降参したんだから……アイツより、強そうなアレに、アンタ達どんな凄いことされるか……」
ミュスカが、いししと笑う。
「……それは、勘弁して欲しい」
「……それは、耐えられそうにない」
二人揃って頭を下げてくる。


「貴方に従う……ツヴァイの生命は取らないで欲しい……」
アインが台座から降りて、手を合わせる。
「貴方の言う事を聞く……アインに酷いことしないで……」
ツヴァイが、台座に座ったまま頭を下げてくる。
「……ミュスカ、人聞きが悪すぎる!」
レオルが彼女を睨みつけるが、ミュスカは笑って飛び上がる。
「……主殿、命あらば……叩き落としますが?」
……アレ呼ばわりは、聞き捨てなりません、とスィンは言う。
ミュスカが飛び降りるや、慌ててティアの後ろに逃げ込む。
「……ミュスカ、私を巻き込むのは……やめて下さい」
ティアが前を向いたまま半目になって、軽く息をつく。
「えー、ティアと私の仲でしょ?叱られるときは一緒に、って……だめ?」
「……さすがにそれは、御一人でどうぞ……」
ミュスカの背中に回り込んで、レオル達の方へ押し出す。
ミュスカがティアを振り向いて、えー、という形に口を笑いの形にする。
ティアもつられて微笑む……
「ツヴァイ、ビーストⅦが楽しそう……あのコ、私達を庇ってくれた……」
「アイン、ミュスカって呼ばれていた……あのコ、帰るところができたんだ……」
……私達を奴隷から、解放してくれた、リスティ様と同じ……
……私達に名前と役割をくれた、教授と同じ……
「……熱くなっていたんですかね、私は……」
手を見る……実際のところ、あのアインとツヴァイを手に掛けたところで、何も変わらなかっただろう……
今までこの手で葬り去った魔族の数など、数える気も起きない……
……レオルを撃っていたなら、何か変わっただろうか……
……ナルディア様は、ただ無言で私を許すのだろうか……
……少なくとも、ミュスカは自分を許さないだろう……それは、返り討ちにすれば、済む、か……
……胸の中に溜まる鉛のようなモノが、また重くなるだろうが、それだけだ……
……ティアは、どうだろうか……蔑む、いや、ただ私を呆然と見ていたに違いない……
……それは、少しだけ、堪えたかもしれない……
……始末しようとした人間……
……だが、言葉を交わした……一度でも守ってしまった……人間は、再び始末はしにくい……
……いや、始末は、おかしい……修正を……
……顔を見てしまっては、もうだめだ……
……顔を憶えてしまっては、あとで瞼の裏に纏わりつく……それは、きつい……後の任務に、支障がでる……
……私の戦争の道具としての、性能に支障が出てしまう……
レオル達の楽しそうなやり取り、を見る……
……なんだ、この場にそぐわない雰囲気は……
だが……これでは……
……自分の方が、余裕が一片たりとも無いようにみえてしまう……
まるで、昔の駆け出だった頃にでも戻ったようだ……
……確かにあの二人を手に掛けていたら、ダンジョン崩壊の可能性がないとは言わない……少なくとも、ここの制御自体に影響があっただろうことは、考慮すべきことだった……
考えが、散らかっている……
片付けねば……片付けて、合流せねば……
……あのお人好しの、魔族は私をまた受け入れてくれるのだろう……
……私を許すのだろう……
……許す許さない以前に……甘いすぎる考え持つ変なヤツ……信じられない、甘さだ……歯がとろけそうなほどの甘ったるさ……
……死なせた者が、別の者を助けて生き返るわけでもあるまいに……
……私の杖を自分に向けるなんて、およそ私にはできない理解の外にある行為……
……狂っている……
……ああいう狂いかたをした奴は、少なくとも私は、見たことがない……
……だが、また私を止めてくれるのだろう……
……実に煩わしいことだが……
……アイツの傍にいれば、私は最後の線を越えずにいられる……私が、私でいられる最後の部品を失くさずにいられる……
「……レオルちゃんは、貴方が向こうへ行く手前で止めたのよ……貴方のことを、心配したのよ……」
セレーナがいつの間にか横に立って、同じものを眺めていた。
「いいコよね、彼は……そして、貴方も真面目でいいコね……」
頭を無造作に撫でてくる。
「セレーナお姉さんは、何言ってるんです?……私は、いつもこんな感じですよ……まあ、こんな程度の戦いで、本気になるなんて、みっともなかったですね……それは……反省点です」

「そうかしら?……にしては、スッキリとした顔をしているわ、貴方……とても、いい顔……いつもよりずっと……」
少しだけ、自嘲を含んだ笑い……
それを自分はしているはずだ。
「そんなふうに見えるんですか?……セレーナお姉さん」
「スライムさんには、そんなふうに見えるんですね……少し、目の調整をしたほうがよいのでは?」
セレーナが怒る。どこか本気出ないそれから、イヴは逃げ出し、仲間のところへ戻る。
「貴方は、分かってるのよね……」
「……今、貴方、自然に笑ってるのよ」
セレーナは、ゆっくりとレオル達の方へ歩んでいった……
…………………………………………………………………………………………
ロロス王国王城の大会議室……
「……ハクロ、悪いんだけど、お茶請けを持ってきてくれない?あ、ウチから持ってきたの、ね」
ミレニムが会議の卓の一つ隣の席につく、ハクロに声をかける。
「姐さん……いくら何でもそれは……」
ハクロが少しだけ呆れたような顔をしながらも、会議室の隅に置いてあった箱を持って来る。
箱を開けると、酒精とバニラの香りが鼻をくすぐってくる。

ミレニムは、その一つを取り上げて齧り始める。
「だってさ、いつものレオルだし、いつものレオルだし、いつものレオルなんだもん……」
卓上で指をいじけたように、グリグリしている。
「だいたいさ……私達より、戦闘力高めなヒトばっかりのパーティー作っちゃってさ……私達のこと、そろそろ忘れちゃってない?」
ミレニムは、大会議室の中央にある円卓にいる。
会議室の最奥の一席に今、ミレニムは座しているのだが、そこで辺り構わず拗ねられては周囲の者は生暖かい目で見守るしかなくなってしまう。
「ミレニムが、レオル分を切らしちゃってる……」
ジュラがうわぁ、とドン引きしている。

「あの……レオル分とは、何ですか?」
トトがいつの間にか、ミレニムの傍に立っていた。
「……聞き慣れない言い回しですね」

「……私の生きていくための糧です」
いきなり真顔で、会場に爆弾発言をぶち込んでくる。
「……ミ、ミレニムさん、トト殿相手に何言ってるんですか?!」
リゼル王女が、さすがに慌てふためく。
「トトくん……ダンジョン、終わりましたよね?」
ミレニムが据えた目でトトを捉える。
「そ、そうですね……何か、すみません」
トトが、気圧されるように半歩下がる。
「そろそろ、レオル返して欲しいんですが……あれ以上ダンジョンに置いておくと、もっといろいろなヒトとかヒトじゃない方を取り込みだしますよ!」
ミレニムが、滑るようにトトの目の前に現れ、両肩を掴み、前後に振ってくる。
「ミレニムの中のレオルの評価って、一体どうなってるの!?……取り敢えず、一応魔族といっても使者なんだから、まず揺するのはやめようよ……いろんな意味で……!」
リンが、腕を掴んで慌てて止めに入る。
「人間……ミレニムと言ったか、トトを離せ……何か、怖いぞ、お前」
ララまで加わって、ようやくとミレニムを引き剥がす。
「……赤錆海岸で襲われたデュゴスを思い出しました……ミレニムさん……ホント、僕達を恐れないのですね」
トトがよろめき頭を振りながも、ミレニムを見る。彼にとっては、ミレニムも興味の対象に含まれるようだ。

「……慣れました」
ミレニムがポツリと零す。
「魔族に、ですか?」
トトが不思議そうに、ミレニムを見上げる。
万物の書を掴む手に知らず力がこもる。
「それだけじゃない……レオルと一緒にパーティー組んで二ヶ月程ですけど、不思議なものが次から次へやって来て、いちいち驚いている暇が無かったの……」
「……考えるより先に、その場その場で臨機応変に、と言うのが私の師匠の教えだったけど……ああ、これか、と思ったくらい……まあ、終わってみたら、それはそれで楽しかったんだけど……」
少しだけ苦笑する。

「トト君たちに比べれば、私達のやってることなんて大したことないんだろうけどさ……レオルや他のみんなが来て、私の世界を壊してくれたの……退屈で変わり映えのない毎日を……」
「だから、楽しいんだよ、いつも冒険してる気分で楽しいの」
……すごい人間だ……
……不思議とも、言い換えて良いけど……
……あのレオル、と言う魔族も何か振り切れているところがあるが、このミレニムと言う方は、僕の頭の中を凄く刺激してくれる……
……物の見かたが違う……時々、よく分からないことも言うけど……
……何より、考え方が新鮮だ……
トトの肩を叩いて、ララがミレニムを見てくる。
顔が装甲に覆われ、表情も分からない彼女だが、今その装甲が水のように流れて、その形を変える。
表情の起伏の少ない顔をしている少女と、今は分かる。

「貴様に聞きたい……我らは、聖王国の王族並びに聖騎士と呼ばれる者を全て殺した。殺し尽くした……それについては、どう思っているのだ……」
「……貴様らが大切にしているであろうレオルを、ダンジョンに行かざるを得ない状況に追い込んだ、我らに思うところはないのか?」
ララが、澄み切った蒼の瞳でミレニムを捉える。
トトが驚いたように彼女を見やる。
……彼女が、人間に問う……そのこと自体が、稀なことだ……
一匙の沈黙が流れる……
会議室の王女や文官、隅に控えてるククロアが、知らずとミレニムに視線を集める。
「……そうね、一つ目の答えは知らない、二つ目は分からない、かな」
「説明してくれ」
ララの蒼の瞳が揺れる。
「分かった……はっきり言うけど、私達冒険者だから、他の国の事情には口出ししないし、干渉して欲しくない。この国は気に入ってるし、ここの皆が好きだからザインの時は守った……それだけ」
「貴様らの同族を殺した我らに何も思わぬとは、薄情なことだな」
ララは、笑うでもなく怒るでもない、静かな水面のような表情で見てくる。
「貴方こそ、魔族は『究極の個』なんでしょ?他の世界の魔族を殺されたからって、辺り構わず戦闘を仕掛けたりしないでしょう?」
……しないよね?このヒトが戦闘狂だった場合、困る話になるけど……
「それに、聖王国に対する業は、貴方達が背負うべきもの……だから、私はそんなことまでは、関わらないし、知らないってこと」
「……了解した。少々通常の人間の考え方からは外れているようだが、理解はした」
何やら見てくる圧が一つ上がったように感じたが、知らないことにする。
「もう一つは、状況次第ということ……レオル、ひょっとしたら、貴方とだって手を取るかもしれない……だから、分からない」
ミレニムは、目を閉じて息を吸いこむ。
「……でも、レオルに、もしものことがあったら……私達は許さない」
「……魔族だからって、私達が何にもできないって思っているのなら、それは間違い……それに、私だって、自分が正気でいられるか分からない……」
閉じた瞳が開かれる。
「……だから、分からない」
いつものミレニムらしからぬ声の重さ……
「……了解した」
ララがトトの方に、視線をやる。
「トト、リーダーに連絡……どうやら、我々はこの王国との関係構築を見直したほうが良いようだ」
「さてさて……それは、どうでしょうか?」
会議室の奥に陣が生まれる。

ネズミの耳を持った魔人が現れる。
「本当は、ミィナさんに繋ぎを頼むところなのでしょうが、危急ゆえ敢えて略して参りました」
胸に手をやり、ミレニムを見やる。
「ルルリエと申します……私と取引致しませんか?」
ミレニムが一瞬だけ、目を細める。
「貴方、ミィナが言っていた……魔族の調達屋ね……いいわ、何を売りにきたの?」
「即決ですか……こちらの王国の方は、なかなかに肝が据わってらっしゃる……情報です、ミレニムさん」
「ミレニムで結構です……それで、何を差し出せばいいの?」
ルルリエの目が見開かれる。
「素晴らしい……最初にそれを聞いた方は、あなたがはじめてです……」
「……貴方のギルドハウスへ、いつでも入る許可を頂きたい……よろしいですか?」
傘がくるりと回される。
ミレニムが考え込んだのは、10秒もあったかどうか……
「……考えようによっては、怖い話をもってくるわね……それだけの価値はあるんでしょうね?」
ルルリエが笑みを深める。
「それはもう、ご満足いただけるかと」
くるり、狂りと傘が回る……
……………………………………………………………………………………………
「結局、外から回収待ちか……連絡は、繋がらないんだな?」
レオルは、アインとツヴァイに皿を押し出す。
「はい……恐らくリスティ様が、結論を出すまで回線を閉じているかと……」
「はい……教授も、同様と思われます」
……いただきます、と息ぴったりに、アップルパイを一切れずつ手に取る。

「シロップに漬けたこれ、シャキっとしてたっぷり染みて……たまんない!」
「王国に行ったら、絶対エルフィさんにオヤツ作って貰うんだから!」

……ああ、こうやって手懐けられたのか、と言わんばかりの視線をアインとツヴァイが向けてくる。
「レオルのポシェット、ヒトをダメにするオヤツがどれだけ入ってるんですか?」
ティアが、レオルの腰に着けているポシェットの蓋を少し開けて覗き込む。
……うわぁ、と一言。
「これ、プリンまで入ってません?……お菓子屋さん、開けますよ」
「お兄さん、愛されてますねぇ……」
アップルパイを咥えながら、戦斧の手入れをするイヴがニヤついて、そんなことを言ってくる。
「……一つ聞きたいのだけど、他の国の方は、どうなったのかしら?」
セレーナが、アインの台座を直しながら聞いてくる。手持ちの工具を、小さいながらも次元収納に持っているようだ。
「ありがとう、セレーナ……助かります。それは、能力を補助する道具だから、ないと困る」
「セレーナ、他の国の人は教授が艦に回収したよ……お眼鏡に適う人はあまりいなかったみたい……調べたいことが終わったら、多分解放して終わり」
ツヴァイが、セレーナの問いに答える。
「君たちのリーダーは、結局のところ何のためにこんなことを?」
二人は顔を見合わせる。
「話したくないなら構わない……だが、少し知りたくなった。あんな穏やかな顔をした彼女が、何故、聖王国を襲った?国民は、まだ監視下にあるらしいが、エネルギーのストックという訳ではあるまい」
ティアが、レオルの肩をつつく。
「……レオル、城下の人は、今のところ城壁の外へ出れないだけです。死んだのも、王族と聖騎士、兵士の一部だけ……降伏した下級兵士は、閉じ込められているだけです」
「ザインの時とは、明らかに違うな……エネルギー供給が目的ではないのか?」
アインが口を開こうとして、躊躇う。ツヴァイが、その手に握りしめる。
「レオル、ツヴァイが答える……リスティ様は、国が欲しいの……収獲で、何度も何度も追われてきたから……みんな、リスティ様に拾われたの」
「リスティ様……逃げるのに疲れたんだ、と思う……他の魔族に襲われたこともある……強い味方を増やしたい、帰るところが欲しい……それが、リスティ様の願い」
レオルが、ツヴァイの頭を撫でる。
ツヴァイの目が、僅かに見開かれる。
なぜかは、レオルにも分からない。
ただ、ツヴァイが迷子の子供のように思われた。
「ありがとう、話してくれて」
「主殿……我が身にもお情けを頂戴致したく」
スィンが気配なく、レオルの前に現れる。
先程まで、彼の後方に大人しく控えていたのだが、ツヴァイが撫でられるのを見た途端のことだった。

頭を差し出して来る。
「私の元となった魂の断片が、どうにも疼くのです……先程の僅かな働きに対し、なにとぞ」
レオルが、頬を薄っすらと赤くしたスィンを胸元に引き寄せる。クシャといった風に撫でると、気持ちよさそうに目を閉じてくる。
「……主殿、かたじけなく……」
「……いいさ、スィンをそのように生んだのは、俺だ。お前のせいじゃない……」
「レオルちゃん……聞いていいかしら。アルター召喚って、実在していないものを作りだしてるの?」
セレーナが、どうにも我慢しきれずに聞いてくる。
「お兄さん、ジャマー立てときます?」
イヴが、間を置かずに聞いてくる。
「……聞かない方がよいですか、レオル?」
「……耳を塞いどく、レオル?」
アイン、ツヴァイもその場を離れようとする。
「いや、居てくれ。ただ、できるだけ話さないでくれ……イヴ、そっちは頼む」
イヴが、ジャマーを手早く組み立てていく。
「……セレーナの推測通りだ。スキルイーターとソウルイーターを組み合わせて、今まで闘った相手の魂魄とスキルの正確な情報を元に、アルターでそれに適した身体を作っている……前に、魔王と闘ったときにナルディアのアドバイスで作った分身体から、思いついたんだ……」
「ただ……魂魄のような物は作り出せるが、精神というか意思や心というものは、作り出しても安定しないし、自発的に動く意思が薄い……そこで、上級の魔物、特に発達した心をもつアラクネやアイシクル・エレメントの魔核を魂魄の拠り所としてみたんだ……相当のエネルギーは持っていかれたが、甲斐はあった」
「レオルちゃん……それは、作るなんて生優しいものじゃない……創造に限りなく近いもの……確かに、そのコは、貴方の子供なのね」
セレーナが、レオルの胸元で気持ち良さそうにしているスィンに優しげな視線を送る。
「俺のアルターでは、エネルギー消費も大きい上、このようなところでは出しにくい……考えた上での苦肉の策だ」
スィンが撫でられつつも、レオルを見やる。
「……主殿、一つだけ差し出がましいことを申すことをお許しください……姉様を呼ぶのは、できるだけお控え下さい……あれは、適合が上手くいきすぎました……使わないほうが、良いかと……」
スィンがいきなりレオルから身を離して、氷の翼を広げる。
「……客人のようです、主殿」
陣が出現する……
魔族の少女が姿を現す。
凛とした立ち姿が、まず目につく。
……気配が、静かすぎる……
「レオル君、お待たせしてしまったね」
リスティが頭を下げる。

「まずは、それについて謝罪を……それに、アインとツヴァイを助けてくれたことについても、礼をいうね」
「あと一つ、いきなりですまない……」
光る細剣を出現させる。
レオルの周囲の緊張の度合いが、跳ね上がる。
「……レオル君、一度だけ言うよ」
「仲間になってくれないかな?……」
「……君が、欲しいんだ」
真っすぐに、レオルに向き合ってくる。
「申し出は素直にありがたいが、俺には、帰りたいところがある」
「だから、お前とは行けない」
一つ、息をつく。
「だったら、僕と勝負をしよう」
「一対一、恨みっこなしだ……勝ったら、僕のものになってくれ。負けたら、僕を好きにしてくれて構わない」
「……随分、見込まれたものだな……」
リスティの瞳を見る。
澄んだ、強い意志を秘めた瞳。
孤高の美しさ……自然とそう感じとれる。
「……分かった」
「レオル、相手に有利すぎるよ!」
「お兄さん……約束なんて守られるより、破られるほうが多いんですよ……そこ、分かってるんですよね?」
ミュスカとイヴが、険しい顔で異を唱える。
「主殿……このスィン、貴方様の勝利を信じております」
スィンが翼を畳む。
だが、その瞳にはリスティへの隠しきれない殺気が潜む。
「分かっている……だか、リスティは1人でここに来ている……」
「それには、応えたい」
「ありがとう……あと、お互い、ソウルトランスやアルター系は無しで」
「ここでは、まあ仕方ないな」
ティアやイヴ達を見る。
転身すれば、周りを巻き込む。
「あと、俺からも……勝ち負けに関係なく、他の者は帰してやってくれ」
「分かった……それは、保証しよう」
「レオル!」
ティアが、駆け寄る。
「まず、自分です!……私、言いましたよね」
リスティが、僅かに目を見開く。
「分かっている……だが、守れる者が目の前にいて、守らないというのは、無理だ」
レオルにしては、素直な気持ちが出ている。
「……私、あなたと運命を共にします……」
レオルの腕を抱えるこむように、引き寄せる。
「……忘れないで」
そして、そっと離れてゆく……
……心は、共にある……
「君は、怖いね……僕まで取り込まれかねない」
細剣を下斜めに構える。
「買い被りだ」
……これは、札を伏せている訳にはいかないか……
魔剣を呼び出す。
いつもとは、違う形をもつ……異剣……
……ククロアさん、使わせてもらう……
鈍く黒い輝きをもつ鞘に、魔剣を納める。
「……僕を甘く見ている……訳ではないね……」
レオルが僅かに姿勢を低くするのを見て、リスティが微笑む。
「……無様に終わったら、笑ってくれて構わない」
「だが……俺が帰るために心を尽くしてくれた人たちが、託してくれたものだ……それを使わせてもらう」

………………………………………………………………………………………
……なぜ、今自分はここにいるのか……
……それが分からない……
……大分様子が変わっているが、ここは……聖王国の中央から少しだけ離れた通り……
「あのレストラン、なぜ壁があんなに崩れているのでしょうか?」
「この前はあんな風では……」

「フィオーレ様?!」
「マリナ……」
少女が、天使に駆け寄る。
「ねえ、マリナ……これ、どうしたの?」

「……何を言っているのですか……」
「魔族の襲撃があって、聖騎士と魔族がここで闘って、それで……それより、ご無事だったのですか?」
マリナは、都市を見回る時によく声をかけてくる人間の娘だ。
三年前に知り合って以来、仲良く話をする仲だ。
「私は無事……なのでしょうか?記憶に……齟齬があるのですが……魔族の襲撃?」
「10日前に魔族の襲撃があって、あの……上に浮いているあれ、見えていないんですか?」
しばし、上を見上げる……
生体戦艦が静かに空に浮かぶ姿が、嫌でも目に入ってくる。
「なんですか、あれは?……あんなもの、いつから?……あれ、ストラスが働いていない?」
「本当に、大丈夫ですか……でも、城には、今は戻るとまずいことに……」
ふと、道の下りの先があるものが目に入る。
「あれは……魔族?……子供達が、魔族と何をしているんですか?」
あれは、確かマリナの弟だ……
あの魔族は……
「フィオーレ様、あちらへ……」
マリナが手を引く。
「……遊んで、いるのですか?……魔族と?」
「なにが……起こって?」
声が震える。
……震える?心が震え、る?
……何か、私の奥底から……来る?

「……だからさ、ゴルゴスっていう、でっかい三つ頭の熊がいてさ、こう俺様の槍の一撃で、倒してやったんだよ」
大きく槍を振るマネをする。

「ヴァル、また大ボラ吹いてる」
男の子が楽しそうに笑う。
最近、家の手伝いの後ヴァルの不思議な冒険の話を聞くのは、彼のささやかな楽しみだ。
「ねぇ、最近シルシルさんとは、どうなの?」
女の子が、興味津々といったふうに聞いてくる。
「あいつ、この前も五月蝿くてさ……艦の中にいる連中に息抜きさせようとしたら、まだ早いっていうんだぜ……いつなら、いいんだって話だよ」
「ヴァル、それはシルシルさんの方がちゃんとモノを考えてるんじゃない?」
ヴァルが、ウッと何かを詰まらせた顔をする。
「ナナ、そうなのかな?……俺、なんとなくノリでやっちまうからさ」
「愛想つかされないといいねー」
「うわ、こいつ……その気全然ないだろ」
勘弁してくれよ、と大げさに額に手を当てる。
「……マリナ、あれは何なのです……何故、魔族が普通にいるのです?」
「魔族が、人間に害をなさないわけが……」
……分からない……私は、一体どこに来てしまったのか……ここは、聖王国では……
……白皇様に一番近い、ところのはず……
「今は、彼らが聖王国の主なのです……」
「彼、ヴァルは、時々弟たちと遊んでくれていて、その、家の修理もしてくれたのです」
マリナがどこか申し訳なさそうに説明する。
「マリナ……何を言っているのです……白皇様がお許しなるわけが……」
手が震える。
「……白皇様は、助けてくれなかったじゃないですか……」
かすれるような、それでいて耳に刺さってくる小さな声……
……煩わしい、と感じるのは何故……
「マリナ……」
「聖王様や聖騎士様が亡くなって、私達が怖い思いをした時も、貴方が魔族に倒されたときも……白皇様は何もしてくれなかった……何も」
「ヴァル達の方が、助けてくれた……確かにあの人達は、この王国を奪ったかもしれない……でも、私達には、危害は加えなかった……」
「貴方達が普段から言っている白皇様は、本当にいるんですか……」
マリナの声が段々と大きくなる。
思考が、勝手に回りだす。
……耳障りなことを……私は、こんな者のために……
「……私達には、ヴァル達の方が現実なんです!」
……醜い……
……このような、矮小で何かに頼らなければならない存在は……醜い……
「マリナ……どうした、大きな声を出して……」
ヴァルがいつの間にか傍に来ていた。
フィオーレの姿が目に入る。
「お前は、確か……」
「ヴァル、待って下さい!……フィオーレ様は、記憶を……」
目の前が赤く染まる……
……憎しみ?……嫌悪……そうだ、これは嫌悪だ……
……醜い……魔族と人間が……共にある?
……あっては、ならない……こんな醜い現実は……
……全て、白に戻さねば……
……白き虚無に……
ヴァルが、炎槍を召喚する。
フィオーレの赤く染まった瞳が彼を捉える。
「マリナ……逃げ……」
硬質な何かが、擦り合わせられる音が奏でられる……
ヴァルの身体が一瞬にして、輝く結晶に変わる。
華が咲く……美しき、透明な結晶の華が……

……ああ……美しい……
……黒き魂も、白き魂も醜く生き続けるのは、哀れだ……
……いずれ……永劫の果て……全ては……
……無に帰るというのに……
「……フィオーレ様、その翼は……」
翼に赤く開くものがある。

「全ては、美しき原初へ……」
「生も死もない、原初へ帰りなさい……」
翼の瞳が開く。
マリナが、子供達が、家が、華になっていく……
……美しい水晶の華へ……

……華が輝く……白く白く輝く……
「……全ては……虚無の輝きのために……」
