終戦後日本のハイパー・インフレはGHQによる預金封鎖や財産掠奪の結果
日本国債が破綻する!ハイパーインフレになる!などと煽動してきた連中にとって、必ずといっていいほど持ち出されるのが終戦後に起こったインフレである。
預金封鎖と新円発行が1946年に実施され、その後に猛烈なインフレ騰貴が生じたとされる。
こちらの記事が参考になります。
>https://www.imes.boj.or.jp/research/papers/japanese/kk31-1-7.pdf
『戦後ハイパー・インフレと中央銀行』(伊藤正直)
話の筋としては、インフレ抑制策の為に「預金封鎖」と「新円切り替え」を実行したはずが、日本銀行券の発行残高の急激な収縮後に制御不能なハイパー・インフレが加速したということである。
まさに薮医者による「完全に誤った治療」が選択された結果、病状はかえって悪くなった例、と言えよう。
通貨発行総額を数分の一にまで絞った(預金封鎖直前の発行残高 2月18日618億円→3月12日152億円(75%減)、日銀融資残高444億円→267億円(40%減)とバランスシートが急激に収縮した)ら、どうしてインフレが急加速すると思うのかね?
それは終戦前の軍部による戦時国債乱発とか、終戦直後の混乱だけが原因ではなかったということだろう。
だって、通貨供給を極端に絞り、債務も大幅に減らしたのだから、インフレがそれまで以上に急加速するのは変だと思いませんか?
これぞまさしく「頭でっかちのバカ」が考えた下策を「インフレ対策」と称して実行したら、逆に滅茶苦茶にしたという話なのでは?
元々存在していた経済の自律的調節機能をダメにする効果が発揮されたからこそ、インフレがそれまで以上に急速に悪化したのだろ。
当方も昔はよく聞く説明の通りに、大日本帝国政府が放漫財政で国債を乱発して軍需品を調達したせいで首が回らなくなり、インフレが酷くなったものだと思い込んでいた。
戦後日本でインフレ率が猛烈に高くなった昭和22年頃までというのは、供給力不足と需要超過が著しかったことであろう?米国輸入物資しかなく、国内生産がほぼ消失してたわけだし。物不足、食糧不足に代表される状態ってことだ。GHQの経済運営の大失敗、ということになろう。当時は米国ですら
— 浜菊会 (@hamagikukai) January 9, 2017
経済運営の基本方針として、計画経済チックなものが主流派だったということだろう。管理為替策とか、生産計画とか輸入計画みたいなのって、ほぼそうした「社会主義経済」的発想に支えられれるってことでは。なので、GHQでも、計画経済っぽい運営が意識されていたのであろう。それが物価騰貴を招いた
— 浜菊会 (@hamagikukai) January 9, 2017
物価統制令というのが計画経済の根底にあったわけだが、社会主義的経済運営は失敗だった、と。米国でさえ、官僚主義というか軍政内部的には、経済面で「左派的」だったのだろう。
— 浜菊会 (@hamagikukai) January 9, 2017
物価騰貴の原因は、日本政府が戦時国債的に大量の債券発行だったものが、償還が怪しくなって信用を失ったことが第一では
このツイートに書いた如く
『物価騰貴の原因は、日本政府が戦時国債的に大量の債券発行だったものが、償還が怪しくなって信用を失ったことが第一では』
という認識だった。これは後に誤っていたと思うに至るのだ。
国策会社的な「満鉄」の債券や株も紙屑化してしまった、とか、日本政府は支払能力が著しく低下し貸した金が返ってこないかも、という風に信用を失うと、物価はハイパーインフレ状態みたいになる、と。
— 浜菊会 (@hamagikukai) January 9, 2017
ジンバブエ紙幣も似てる。日本政府が信じられない、ってなると、貨幣価値は暴落するわけだw
政府の財務残高の水準では必ずしも決まらない、ということだろうねw
— 浜菊会 (@hamagikukai) January 9, 2017
物価騰貴の対策として、ドッジ・ラインが打ち出された。デトロイト銀行頭取をして、インフレ抑制策を強力に打ち出したら効くだろう、とやった結果はどうだったか?
ドッヂ不況を招いたわけだよw
インフレは抑制されたが、不況に
陥り、計画経済チックな運営方針で、固定為替レート360円もこの時に設定された。物価も許認可、数量規制などもあって、日本経済はデフレに陥ったわけだ。しかし、マイナス物価は朝鮮戦争の特需で1年で解消されるに至った。ここで分かることは、ドッヂラインは物価を下げるってことだ。具体的には?
— 浜菊会 (@hamagikukai) January 9, 2017
緊縮財政をとること、日銀も含めて借入金返済に勤しみ金融引き締めを行うこと、固定的為替レート、というものだったわけだ。なので、土居教授の言うみたいに、借金返済を頑張るとデフレを悪化させかねない、緊縮財政はそれに輪をかける、ってことだわなw
— 浜菊会 (@hamagikukai) January 9, 2017
朝鮮戦争特需が日本経済を救済したってわけだ
他にも
戦後日本に供給されたのは、主に米国産の「不要物」だった。米国で余剰生産となったものを一括買い上げしたものが、日本人にヤミ市経由で高値で払い下げされたということさ。不要物の処理には、丁度良かったというだけ。しかも無償援助でなく、有償だったのだから買ったに過ぎない、ということだ。
— 浜菊会 (@hamagikukai) September 19, 2015
当時のGHQの経済政策の傾向としては、どちらかと言えば社会主義経済学の影響を受けており、計画経済の香りがぬぐえない。資本家=財閥解体、農地解放などは、そうした典型のように見える。いわゆる資本家を排除、縮小すると共に、労働者階級への均等化・平等化ということ。為替も管理為替だった
— 浜菊会 (@hamagikukai) September 19, 2015
日本がサンフランシスコ条約締結後の54年においても、余剰品を日本で処分したいというのが米国側の意向であり、日米間で余剰農産物協定が締約された。日本人に米じゃなくパンを食え、ということに変換されたってことだよ。米国で過剰生産となった農産物を買い上げて日本に処理を押し付けると。
— 浜菊会 (@hamagikukai) September 19, 2015
年寄り達は何故かそういう大事なことを言わないし教えないんだなw。日本の繊維業界は戦前から通じて競争力があったので、日本産の綿製品などは輸出品として欧米品に競合できたんだよ。だが、そのことが自由貿易を閉ざす結果を招いた。50年代から日本の繊維摩擦は問題となり、日本側が自主規制を(続
— 浜菊会 (@hamagikukai) September 19, 2015
強いられたんだ。その先鞭をつけたのは米国であり、日米交渉で輸出自主規制(大体は数量制限だな)を求められ、それが欧州諸国にも右へ倣えとなった。どこが市場開放、自由貿易なんだよ。鉄鋼輸出も同様で、自主規制を強いられた。ITOの流れを汲むGATT加盟は中々認められず、反対に遭った。
— 浜菊会 (@hamagikukai) September 19, 2015
日本の戦後復興は、米国や欧州の自由貿易という市場開放の結果ではなかろう。大規模災害後の復興需要が旺盛と同様のこと、偶然にも朝鮮戦争が勃発し日本国内からの調達が行われたこと、復員など国内回帰=国内人口回復で需要増、戦火での供給力大幅減が回復する必要性があったこと、などであろう。
— 浜菊会 (@hamagikukai) September 19, 2015
@hamagikukai 公定価格、物価統制、均衡財政、計画生産、配給割当、等々は、まさしく社会主義チックな統制経済的傾向が出ているわけだな。金-ドル本位通貨体制という管理為替システムもそういう一端。戦後日本の成長基盤は、米欧の率先的な市場開放の恩恵でなく、それはごく一部。
— 浜菊会 (@hamagikukai) September 20, 2015
この後偶然調べものをしてて、少し知ることができたので、ハイパーインフレの原因については考え方が変わったのだ。
早い話が、GHQが日本政府の資金を強制的に収奪し、在外資産も全て奪ったことによる外貨枯渇、それに続く為替レートの暴落と輸入物価騰貴、生産禁止や統制などで供給力が途絶、などが生じたものだ。
預金封鎖と新円切り替えにしても、占領軍(GHQ、英軍など)の経費支払に充てるべく実行したもので、インフレ対策などというのは名目上の建前でしかないだろう。
現実は米軍による金品強奪、要するに掠奪だった(日銀の大金庫の貴金属やダイヤモンド等も全て没収された)わけですよ。
それでハイパーインフレに至った、ということです。
日本はまんまと掠奪されたんだ
— 浜菊会 (@hamagikukai) August 24, 2018
>https://t.co/EPhH3umuRB
投資先が完全消滅してしまうと、B/Sからすっぽり消えるわけで、その帳尻合わせは必ず生じるわな。しかも為替レートが1941年1ドル=4.25円だったものが45年9月に15円まで減価が進んだ。預金封鎖後には一層悪化したが、政策失敗のせいだしw
日本にどれくらいの財産があるか調べるべく、やった結果だろうねwで、国民の財産権は完全に無視して、米軍の予算だけを確保したようなもんだわ。また、日本が保有していた内外の目ぼしい資産(動産含む)は飛行機や船舶やその他物資に留まらず、根こそぎ収奪されただけなんだろwやったのは米軍だろ
— 浜菊会 (@hamagikukai) August 24, 2018
日本の経済学者って、本当に役立たずの人がいるんだねw
— 浜菊会 (@hamagikukai) July 27, 2019
終戦後に生じた日本におけるインフレってのは、どういうものだったか考えたことないのか?w
頭悪いなw
預金封鎖は「日本政府が戦時国債を大量発行したこと」が理由だったとでも思っておるのか?w
クソだなw https://t.co/BxtcKR68u8
1940年代のソ連だって、戦勝国側だったし自国通貨建債務でも、強いインフレに見舞われたでしょう?
— 浜菊会 (@hamagikukai) July 27, 2019
理由は様々かもだが、国際貿易上での物価高騰なら輸入国側でも同じく物価上昇になるかもよ?
例えば原油価格変動とかは?
物価高騰は、日本だけに限ったことなのか? https://t.co/QTpHIIgDXY
預金封鎖や新円切り替えは、全部GHQがやったことではないかw
— 浜菊会 (@hamagikukai) July 27, 2019
在外資産を根こそぎ分捕られ、(初期投資額等の)借金だけが残されたんだぜ?
他にも米軍に掠奪されたんじゃないか。日銀金庫にあった貴金属やダイヤモンドなんかも全部、だ。
そういうことを知った上で語れよ、経済学者さまはw https://t.co/u7rcRuQ8wR
日本の1940年頃の政府予算額は約80億円強だったものが、1945年では約240億円超へと膨張。世界恐慌の影響で1930年代はデフレ期間あり、30年代後半から40年代初頭では物価上昇が加速。年率50%程度でも珍しくない水準に。
— 浜菊会 (@hamagikukai) July 27, 2019
戦時経済ってのもあるし、物資(供給)不足もある。前から高インフレ体質だったし
1945年時点での物価上昇は1年で3倍程度まで高騰。当時のタバコの同一銘柄なんかの価格を調べてみれば?同じ製品の価格推移で体感物価が分かるかと。
— 浜菊会 (@hamagikukai) July 27, 2019
で、日本がGHQ下の占領政策になって、通貨発行権は完全統制下に置かれた。
賠償と称して個人財産権を完全無視して、連合軍に持ち去られたんだよ。
ストックから根こそぎ財産を奪われたら、そりゃあ返済能力なんざ何処にも残ってないわなw
— 浜菊会 (@hamagikukai) July 27, 2019
新円の通貨発行はGHQが決めており、上限は勿論決まってたんだよ。で、輸入も完全停止されてたし生産力はほぼゼロまで落ちたから、食糧・物資不足で物価騰貴を招いたのも当然かと。計画経済の大失敗の図だろw
日本の累積政府債務の返済よりも最優先されたのが、
— 浜菊会 (@hamagikukai) July 27, 2019
・外国政府へ資産移転
・占領軍への支払い
だった。国家予算が240億円の時代に、日本政府が米軍に支払いを求められたのが約790億円だったので、それを捻出するべく預金封鎖をやったのがGHQだろうに。3.3倍の国庫支出を単年予算で捻出させたんだろ
今の日本で言えば330兆円を米軍に単年で払ったようなもんだわw
— 浜菊会 (@hamagikukai) July 27, 2019
税収が60兆円ではどうにもならんだろ?闇金の取立みたいなもんだからw
で政府資産を売ろうにも資産凍結されてる(或いは既に国外に持ち出された)し、民間資産から払うしかなかった、ってことでしょう?
それが預金封鎖だよw
G+rB=ΔB+ΔM+Tの等式において、GHQがやったことは
— 浜菊会 (@hamagikukai) July 27, 2019
ΔBとΔMをゼロにしたってことだよ。
通貨発行により政府支出を賄う、ということを封じたんだろw
で過去債務は後回しにして米軍への支払い最優先で、単年度税収「T」を無理矢理3倍以上にして、民間から強制徴収をやった、というのが預金封鎖w
他にも、財閥解体という大義名分によって、民間資産を強奪したんだろw
— 浜菊会 (@hamagikukai) July 27, 2019
大手財閥―三菱、三井、住友、安田などですよね―の資産を払下げって名目で、いわば「破綻会社の処理」と同類の手法を取り、一部だけ会社機能を残して、後は換金売りに出されたんだろう?
これも米軍へのカネを捻出する方策だろ
日産が営業利益激減とか言うが、直ちに日産の在外資産を完全強奪してみ?全部連合国に無償で持ち去られるんだぜ?
— 浜菊会 (@hamagikukai) July 27, 2019
すると資産がすっぽり抜けるから借金だけ残って、即破綻するだろ?
で、会社を解体して残った資産を叩き売る、とw
回収したカネを占領軍たるGHQに差し出せと命令されるwこれと同じ
大日本帝国政府が、国民への債務を平気で踏み倒したわけではなく、
— 浜菊会 (@hamagikukai) July 27, 2019
・在外資産が一気に消滅
・金準備等の政府資産も奪われた
・財閥や(土地)資本家の資産売却を強制
などで借金だけが残されたようなもんだわ。
奪ったカネの圧倒的大部分が、米軍への資金提供として消えていった。
緊急輸入食料の
支払いに充てられたりとか、な。
— 浜菊会 (@hamagikukai) July 27, 2019
ああ、船や飛行機や機械類の動産も全部差押えられて、民間人財産であろうと何だろうと、掠奪されてしまったようなもんじゃないか。
米国の余剰生産物をかき集めて、物資不足の日本に売り付けたろ?
不用品をゴミ溜め同然の日本に売れば、いい商売になるからなw
日本人が「お国の為」って何十年も生きてきて、半年くらいで政府発行の国債を受け取れないって豹変したりするのは疑問に思う。
— 浜菊会 (@hamagikukai) July 30, 2019
仮に償還期日到来の「100円分の2年国債」を持ってるとして、その年限とデザインが全く同じ次の新しい債券を受け取らないというのは考え難いかと。
疑り深い人なら現金で
払ってくれって言うとして、受け取るのが日銀券100円分なわけでしょう?
— 浜菊会 (@hamagikukai) July 30, 2019
その現金を一気に消費するものとも思えず。累積債務を残部紙幣に置き換え、その後市中の現金が急激に増えてなおかつそれを皆が一斉に消費に回す等をしないと100%とかのインフレにはならんだろ?
その場合であっても、政府は
過去債務につき追加発行の紙幣で払うだけなので、デフォルトしてるわけじゃなしw
— 浜菊会 (@hamagikukai) July 30, 2019
日本が1946年2月以降に経験したインフレとは全く異なるだろうに。
たとえ国債の債券(賞状みたいな紙?)の受け取り拒否して同額の現金を受け取ったとて、銀行預金に回すだけなら、借換債でも現金でも大差ないかと。
1946年以降に日本で発生した急激なインフレは
— 浜菊会 (@hamagikukai) July 30, 2019
最大要因が
・供給力(食糧・物資)の不足
次に
・占領軍(GHQ)経費の無理矢理な徴収
他には
・為替レートの暴落
=輸入物価の暴騰
と考えている。
累積債務だけでああなりはしないかと。政府を信じる国民の方が多かったのでは、と。今も同じw
日本の経済学・財政学などの研究者なら、これを是非一度は読んでもらいたいですねw
— 浜菊会 (@hamagikukai) May 28, 2022
素晴らしい資料ですよw
戦後の日本は、原則として赤字国債を1964年まで発行してなかったw
緊縮均衡財政だったが成長してたw
→
昭和財政史-昭和27~48年度 : 財務総合政策研究所 https://t.co/EOHuTR3ONt
60年償還の建設国債以外、国債発行してなかった日本は戦前からの累積債務として
— 浜菊会 (@hamagikukai) May 28, 2022
・内国債 2600億円
・外国債 1600億円
占領期の
・ガリオア債務 7.5億ドル(2700億円)
の利払い等をしていた。
GHQの押し付けた負債が最大w
インフレ率の参考になるのがこちら。
>https://t.co/IGLjafR7Ql
GNPデフレータも
— 浜菊会 (@hamagikukai) May 28, 2022
>https://t.co/tnpAg2ha6D
日本人は騙されてるのさw
終戦後にハイパーインフレをもたらしたのが、終戦前の「軍部の野放図な債務膨張」としか思ってないだろうけどwwそれが直接原因ではなかったのだよw
GHQ・米軍から米国内の不要品を買い取らされw占領軍経費を徴税されて https://t.co/dvX7poxeNI
日本国民のストックを根こそぎ奪い取られたせいだったのさw
— 浜菊会 (@hamagikukai) May 28, 2022
生産制限を課せられたのも、米国産品を買い取らせるべく供給能力を強制的にゼロにされたのだからw
終戦前の軍事費等、軍票や日本国民向けの累積政府債務は、米軍の押し付けたガリオア資金の債務額(昭和23年時点)より少なかったのだw
GHQが下手うったせいで日本は激しいインフレに見舞われ、その後ドッジラインで均衡財政と、通貨発行規制を受け苦境を強いられたw
— 浜菊会 (@hamagikukai) May 28, 2022
>https://t.co/lpQ7KBStif
朝鮮戦争特需で持ち直し、1954(S29)年に一般会計1兆円となった。
1960年 1.57兆円
64年 3.26兆円
68年 5.82兆円
と高度経済成長 https://t.co/e6hRPI2mMH
過程となった。65年以降には一般会計財源として新規国債発行が可能となり、国の姿勢は「減税」を掲げるようになったww
— 浜菊会 (@hamagikukai) May 28, 2022
戦前の昭和9~11年は国民の税負担率が10%程度だったのに対し、60年代半ばで20%程度と重税感が国民に渦巻いていたからだったw
日本政府は新規国債発行ができず、税収自然増を
経済成長予測から考慮した上で、均衡財政策をやっていたのだw
— 浜菊会 (@hamagikukai) May 28, 2022
国債発行が原則ゼロということで、通貨発行でカバーしていた、とも言えよう。
それは物価上昇率が(固定為替相場の下で)高めとなりがちになる、という経済だった可能性が大。
G+rB=ΔB+ΔM+T
のΔBがゼロか僅かなマイナスだったのさw
これらについても、戦後史の歴史改竄に匹敵すると思うね。
米国・米軍にとって「現在も続く占領支配体制」維持の為には、悪事を働いた事実や歴史を隠蔽しておきたい、むしろ「別な歴史」を捏造して日本人に誤った認識を植え付けておきたい、ということで、全部戦前の大日本帝国政府が悪かったのだということにしておくのは大変都合がよいからな。
戦後の預金封鎖はハイパーインフレの為ではなく、「米軍への支払」という名目の強奪・掠奪を実現させる為ですよ。当時の日本政府・官僚機構は率先して奴らに協力し、今の従米派奴隷どもと一緒の心性でもって国民を売り飛ばすことに何らの抵抗も無かった、ということだろうね。
そうして対米(GHQ)関係を背景にした新興勢力が台頭し、戦後政治を担っていったわけだな。
被害に遭うのは、いつの世も「愚かな大衆」ということになる。
公害コロナワクチンを見りゃ、一目瞭然だろう?(笑)
