【序章】遠州地方のある盆踊りについて
—『へちま音頭』復活の記録と、その周辺で起きたこと—
静岡県西部・遠州地方で起きた一連の出来事がある。
このnoteは、遠州の片隅で活動する三人の女性たちの活動の記録である。
『へちま音頭』は、1963年に作られたが、主旋律のかかれた楽譜のみが存在し、振り付けに関する資料は見つかっていない。
いろいろな方の情報提供や協力により、2025年の「えんの市」で復活した。
これから遠州地方のある盆踊り(へちま音頭)に関する断片的な情報や、そこに辿り着くまでのストーリーをいくつかの記事に分けて投稿していく予定だ。
「へちま音頭」について、情報をお持ちの方は、ご連絡ください。
enno1pj@gmail.com
諦めムードだった「ある」イベント
2024年12月21日冬至。
ちょうどその頃、盆部総会では「来年はえんの市を開催しないかもしれない」という諦めの空気が漂っていた。
えんの市とは、毎年秋分の頃に行っている、浜松盆部主催の盆踊りと縁日のイベントである。
部長が妊娠中だったこともあり、彼女の代わりにリーダーをやってくれる人を募っていたのだが、誰も代わりを引き受けようとしなかったのだ。
「来年のえんの市はできないかもね……。」
総会のファシリテーターを務めたレイチェルとめぐみは、そんなことを話しながら帰路についた。
きっかけは「ある」音頭の楽譜だった
2024年12月22日。
総会の翌日、レイチェルは鴨江アートセンターで開かれたある企画展を訪れていた。
展示のテーマは「浜松へちまでつなぐプロジェクト」。
時は明治~昭和初期。浜北市(現浜松市浜名区)は、へちまの一大産地であり、日用品・工業的用途にも用いられて、海外へも輸出していたという歴史があるのはご存知だろうか。
浜松のへちまは、その質の良さから、国内外で大きなシェアを持っていた。
しかしながら、プラスチック製品の普及などにより栽培・加工は縮小。現在、浜松に住む若い世代には、へちまの存在すら馴染みが薄いという。
「浜松へちま・ミライ」主催の、この企画展は、こうした地域資源(=へちま)を活かしながら、環境意識や地域文化の継承を図るという二重の意義を持って開催された。
へちまで作った6mを超える大きなくじら、へちまの歴史年表や古い写真の展示の中から、ひとつの譜面がレイチェルの目に留まる。
「へちま音頭」

「わあ~!音頭!!!! これ、盆部で踊れたらおもしろいな~♪」
軽い気持ちが、すべての始まりだった。
調べていくうちに、この音頭について、いくつか不可解な点が見つかった。
・へちま音頭を作った団体は現時点で存在していない。
・なんのために作られたのかもわからない。
・楽譜は主旋律のみで、楽器編成やイントロ・間奏等を記したフルスコアは見つからない。
・作詞、作曲、振付の名前は載されているが、振り付けの資料は見つからない。
・踊った記録や、音源、動画など、まったく存在しない。
・楽譜をピアノで弾いてみると、もの悲しげなメロディー。
これでは踊れない。。。
後に、このときのギャラリートークの動画が見つかったので掲載しておく。
出典:youtube『浜松へちま・ミライ』
※動画の57:04あたりからへちま音頭の楽譜について触れられている。
2025年9月20日、えんの市。
60年余りの時を経て、『へちま音頭』再び。
三味線と篠笛、太鼓の音が重なり、イチコの歌唱によって再現された。
※下記の画像をクリックすると「へちま音頭」のyoutubeに飛びます

踊りの振付の資料は、未だにみつかっていないため、結局、振付は福島県相馬地方の民謡「相馬盆唄」から“当て振り”として取り入れることになった。
開催しないはずだった「えんの市」を、なぜやることになったかの経緯は、またの機会に譲ることとする。
2025年「えんの市」で復活した『へちま音頭』について、
資料、動画、録音、写真、製作秘話を知る方の証言などを探しています。
📩 情報をお持ちの方は、「盆踊り探偵団」までご連絡ください。
enno1pj@gmail.com
(文責:プロジェクトH/浜松盆部えんの市プロジェクト/編集:雨音なり)
