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大国主命と少彦名命|神界バディの国づくり

大国主命と盟友・少彦名命の国づくり

小さすぎる相棒、現る


大国主命が、せっせと一柱で国づくりをしていた頃。

ある日、海の向こうから小さな小さな神様がやってくる。

その名も、少彦名命。
スクナビコナである。

小さい。
とにかく小さい。

ガガイモの実でできた船に乗り、蛾の皮の服を着ていたという。
ファッションがすでに異世界である。

かわいい神様、と言いたいところだが、私の中ではなぜかおっちゃんで再生されている。
しかも池乃めだか師匠寄りである。

小さいのに、めちゃくちゃ仕事ができるタイプ。
「ちっさいおっさん天才枠」である。

大国主命は思う。

「この小さい神は誰なんだ?」

すると、久延毘古という神が正体を教えてくれる。

「それは神産巣日神の子ですよ」

なんで知ってんねん。

久延毘古は田んぼの案山子の神様なのだが、歩けないかわりに世の中のことを何でも知っている神とされている。

つまり、現場には来ないけど情報だけは異様に持っているタイプ。
神界のWikipediaである。

こうして少彦名命は、大国主命の相棒になる。

ここから二柱は一緒に国づくりを進めていく。

少彦名命が関わったとされるものは、医療、薬、温泉、酒造、農業、まじない、害虫対策など。

つまり、かなり実務派である。

大国主命が「国を作る王」だとしたら、少彦名命は「暮らしを整える技術顧問」みたいな存在だったのではないか。

土地だけあっても、人は生きていけない。

病気になったら薬がいる。
疲れたら温泉がいる。
作物を育てる知恵もいる。
虫対策もいる。
酒もいる。

酒はいる。
大事なことなので、もう一回言う。
酒はいる。

少彦名命は、神話の中でかなり生活密着型の神様なのだ。

道後温泉のエピソード


そんな少彦名命には、温泉にまつわるエピソードもある。

国づくりの途中、少彦名命は病で倒れてしまう。

大国主命は、相棒を助けるために豊後の速見の湯、今でいう別府温泉あたりの湯を、海底の管で伊予まで引いたとされている。

規模がでかい。

「ちょっと温泉持ってくるわ」

のスケールではない。

湯を海底経由で引く。
インフラ工事である。
神様版・温泉パイプラインである。

その湯で少彦名命を温めると、少彦名命は元気を取り戻した。

かなり仲良しである。

病気の相棒のために温泉を引く大国主命。
そして、その温泉で回復する少彦名命。

ここだけ見ると、神話というより、ちょっとしたバディものに見える。

大国主命と少彦名命は、ただの仕事仲間ではなかったのだと思う。

国づくりという壮大なプロジェクトを一緒に進める、最高の相棒だった。

少彦名命、突然去る


しかし、この相棒関係は突然終わる。

少彦名命は、大国主命の元から去ってしまう。

古事記では、少彦名命は「常世国へ去った」とされている。

常世国。

これがまた、なんとも不穏である。

常世国は、海の向こうにある永遠の国、不老不死の国ともされる一方で、死後の世界っぽい雰囲気もある。

つまり、少彦名命はどこか遠い世界へ行ってしまった。

しかも、国づくりの途中で。

大国主命からすると、これはかなりきつい。

やっと相棒ができた。
暮らしを整える技術も入ってきた。
国づくりが軌道に乗ってきた。

そのタイミングで、相棒が消える。

え、今?

という感じである。

しかも少彦名命は、小さいけれどかなり重要な役割を持っていた神様だ。

医療、薬、温泉、農業、酒造、まじない、害虫対策。

生活インフラ担当である。

今でいうと、医療班、農業班、衛生班、防災班、発酵食品担当、害虫駆除業者、温泉観光課が一気に退職したようなものである。

それは困る。

大国主命も、少彦名命を失ったあと、

「俺はこれからどうすればいいんだ」

状態になったとされている。

大国主命、ここで一回詰む。

神話の主人公なのに、普通に詰む。

でも、そこがいい。

大国主命は最初から完璧な王ではない。
失いながら、困りながら、次の段階へ進んでいく神様なのだと思う。

光り輝く神、大物主神


少彦名命が去ったあと、大国主命の前に、海の向こうから光り輝く神が現れる。

それが大物主神である。

大物主神は、大国主命の幸魂・奇魂、つまり大国主命の霊的な側面だとする説もある。
また、大国主命と深く結びついた別の神格として語られることもある。

このあたりは、かなり謎に包まれている。

神話あるあるである。

神様、同一人物説が多すぎる。
分身なのか、別人なのか、兄弟なのか、魂の一部なのか、急に話がスピリチュアルな株分けみたいになる。

大物主神は大国主命に言う。

「私を大和の三輪山に祀れば、国づくりを完成させよう」

三輪山とは、奈良県桜井市にある山である。

そして三輪といえば、三輪素麺。

神話の話をしているのに、急に素麺の話になるが、これは仕方ない。
三輪素麺はおいしい。

関西では、揖保乃糸か三輪素麺か、みたいなところがある。
知らんけど。

しかし、この三輪山に祀るという話はかなり重要だと思う。

少彦名命が去ったあと、大国主命は「生活の技術」を支える相棒を失った。

その代わりに、大物主神から「神を祀る」というシステムを得る。

ここが面白い。

少彦名命との国づくりは、かなり実務的だった。

薬を作る。
温泉を整える。
農業を進める。
害虫を防ぐ。
酒を造る。

つまり、人間が暮らしていくための知恵である。

一方、大物主神が持ってくるのは、祭祀である。

土地を整えるだけでは足りない。
そこにいる神を祀らなければならない。

つまり、国づくりが一段階進む。

大国主命は、ただ土地を開発する王ではなくなる。

土地の神を祀り、目に見えない力まで含めて国をまとめる存在になる。

わかりやすく言うと、社長から会長になった感じである。

現場で汗をかいていた社長が、組織の精神性や理念まで背負うフェーズに入る。

大国主命、経営者としてステージが上がる。

少彦名命がいた頃は、暮らしを整える国づくりだった。
大物主神が現れてからは、神を祀る国づくりになる。

ここで国づくりは完成段階へ入っていく。

大国主命は、国を作った王となる。

でも、その完成の裏には、少彦名命との別れがある。

最高の相棒を失ったからこそ、大国主命は次の段階へ進むしかなかったのかもしれない。

少彦名命は、大国主命に「人が暮らすための知恵」を与えた神。

大物主神は、大国主命に「神を祀るための仕組み」を与えた神。

この二柱との出会いによって、大国主命の国づくりは完成していく。

土地を整え、暮らしを整え、神を祀る。

それでようやく、国になる。

大国主命の物語は、いよいよクライマックスへ向かう。

次回、国譲り編。

せっかく作った国を、いよいよ譲ることになる。

大国主命、ここからがしんどい。

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