お母さん、そんなに心配しなくても、僕は大丈夫だよ。―「小1の春」に戸惑う、親のあなたへ
「お母さん、そんなに心配しなくても、僕は大丈夫だよ。」
長男が1年生になってすこし経ったころ、私にそう言ったことがある。
忘れ物はなかったか、困ったことはなかったかと、帰ってきた彼を質問攻めにしていたときだ。
本人はもうすっかり忘れてるけれど、私はその言葉にガツンと頭を打たれたような気がした。
ああ、私、心配しすぎてた。
「大丈夫かな」「困らないかな」って思うばかりで、
この子が“ちゃんとやってみようとしている”ってこと、信じていなかったかもしれない—―そう気づいた。
小学生になるって、子どもにとってはもちろん、大人にとっても大きな節目だ。
園のころと違って、大人の目が一気に減る。
教室で名札をつけるのも、雨の日に傘を畳むのも、暑さに合わせて水を飲むかの判断も、「自分でやってね」って、どんどん子ども自身に任される。
親の心はザワザワする。
大丈夫かな。忘れ物してないかな。お友だちと仲良くできてるかな。
困ったときは、先生に言えてるかな。どうしていいかわからなくて、泣いてないかな。
でも小学校って、子どもの発達段階に合わせて、「これくらいは自分でできるよね」という前提でつくられている。
園のころと比べて大人の目がぐっと減るのも、そういう設計だから。
もちろん個人差はあるけれど、夏休みになるころには、ほとんどの子がちゃんとできるようになる。
子どもって、本当にすごい。
柔らかくて、まっすぐで、思った以上にたくましい。
だから親は、「信じる」ってことを、そっと始めてみたらいいのかもしれない。
心配なら、連絡帳で先生に相談だってできる。
どーしても学校が嫌になったら、田舎のいとこの小学校に転校する手だってある!
……なんて、うちではそんな冗談を言ったりする。
「いやそれはないでしょ~」って、子どもが笑う。
そうやって笑いながら、でも本当はちゃんと伝えてる。
いつでも助ける準備はあるよ、って。
行きたくない朝があってもいい。泣いてもいい。
それでも大丈夫。きみはきみのペースで、ちゃんと育っていくから。
だから親は、明るくちょっと鈍感に。
心配しすぎず、信じて見守ってみよう。
そして、帰ってきたらたっぷりハグしてあげて。
保育園では、先生が毎日たくさんしてくれていたハグ。
でも小学校に上がると、それはもう、親にしかしてもらえないものになる。
外の世界で頑張ってきた心と体をほっと緩めるために、
家では惜しまずぎゅっと、あたたかく抱きしめてほしい。
そうすれば、子どもはまた、新しい朝も元気に駆け出せる。
