ラブソングはいつも同じことを言ってるのに、なんで違って聞こえるんだろう
ずっと、なんとなく思ってたことがある。
言葉って、内容と同じくらい、「誰が言ってるか」が大事なんじゃないかなって。
たとえば、流行ってるラブソング。よくよく聞いてみると、どの曲もだいたい似たようなことを言ってる。「君を愛してる」「そばにいるよ」「大丈夫、君は君のままでいい」みたいな。
メッセージそのものは、正直そんなにバリエーションがあるわけじゃない。
なのに、「この曲、めっちゃ刺さる…!」ってなるのは、なぜなんだろう。
もちろん、メロディやアレンジ、歌唱力の差もあると思う。でも、たぶんそれだけじゃなくて。
もっと根っこのところで、“誰がその言葉を言っているか”が、すごく大きい気がする。
その人の人生とか、背景とか、パーソナリティとか……なんて、こっちはたいして知らなくても、不思議と伝わるものがある。
声の感じ。音の高さや間の取り方。そういうものに、無意識のうちに「この人の言葉は信じていい」って思わせられてるんじゃないかなって。
顔の印象も、あるかもしれない。
ここでいうのは「顔の良し悪し」じゃなくて、もっと全体的な雰囲気。たとえば、話してるときのまなざしだったり、笑ったときの目元のゆるみだったり、ちょっとした照れや躊躇が見える感じだったり。
その人の“出方”っていうのかな。
それが、「この人が言うから信じよう」っていう気持ちにつながることって、ある気がする。
最近、オーディブルとかVoicyとか、音声での発信もじわじわ増えてるけど、動画に比べるとそこまで爆発的に広まってはいないって聞いた。
その理由のひとつに、「声の相性」ってあるんじゃないかなと思ってて。
どんなに内容が面白くても、「この声、ちょっと苦手かも」って感じてしまうと、なかなか聴き続けられなかったりする。逆に、何を話していても聴いていたくなる声って、確実にある。
声質だけじゃなくて、話すテンポとか、語尾の柔らかさとか。息継ぎのタイミングとか、話題を切り上げるときの躊躇とか。
そこに、言葉以上の何かがある。気配みたいなもの。
情報をきっちり伝えるって意味では、アナウンサーや声優さんの声はピカイチだと思う。さすがプロ。雑味がない。
でもそれが至上かっていうと、そういうわけでもないというのが、面白い。
だからやっぱり、誰が言うかって、すごく大きいんだなあと思う。
それが、信じられる言葉になるかどうかを決めている。のかも。
それってちょっと危なっかしくない?と思わないでもないけれど。
人間ってそういう、理性的じゃないところがあるよね。
