サイゼの子どもに眉をひそめた
土曜の夕方、いつものサイゼでPC作業をしていた。
僕の斜め前のテーブルに、家族連れが食事をしていた。
両親とたぶん5〜6歳の男の子。
男の子は、ずっとタブレットを見ていた。YouTubeのゲーム実況みたいなやつ。
イヤホンをして画面に釘付けで、ミラノ風ドリアをスプーンで掬っては、口に運ぶ。
でも目は一度も料理を見ていない。
画面から目を離さないまま、スプーンだけが何度もドリアを掬っていた。
両親もそれを止める気配はなかった。
お母さんはスマホを見て、お父さんの方はワインを飲みながらぼんやりしている。
うーん、と僕は思ってしまった。
食事中くらい画面消したらいいのに。
せっかくの家族の外食なんだから。
でも、僕が言う権利あるんだろうか…
僕は、結婚もしていないし、子どももいない。
外食中に子どもが騒がないための、両親の戦略なのはわかる。
もしかしたら、平日ずっと保育園でがんばった子どもへの、週末のご褒美なのかもしれないし・・・。
もしかしたら、両親が今日、限界まで疲れていて、静かなご飯を、なんとしても確保したかったのかもしれないし・・・。
その家族の事情は、僕にはわからない。
子育ての疲弊を、実体験として知らないから。
「独身のくせに、外から批判すんな」と言われれば、返せる言葉はない。
家に帰ってから僕は、ソファでくつろぎながら、TikTokを、指でスクロールし始めていた。
最初の1本、10秒くらいで見終わって、次に指を動かす。
次も10秒くらいで見終わって、次に指を動かす。次も、次も。
気がついたら、1時間近く経っていた。お風呂に入らなきゃ・・・
TikTokで1時間も動画をみたのに、いまその内容を思い出せないでいる。
1時間分の映像を見たのに、僕の頭の中には、何も残っていない。
サイゼにいた家族のことを批判できないよな?
そう気がついた。
もちろん、僕らが子どもの頃もゲームに夢中になって、食事がそっちのけになっていた。
でも、せいぜい、ゲームボーイとか、ガラケーのテトリスだ。
今とは刺激量が違いすぎると思う。
いまのYouTubeも、TikTokも、ソシャゲも、「次に何が来るか予測できないまま、指を動かし続ける」ように、専門家が本気で設計している。
人間の脳がその予測不能な報酬に、いちばん弱いことをみんな知ってて作っているから。
サイゼにいた男の子が、画面に釘付け状態になっているのは、あの子のせいでも、親のせいだけでもない。
今の時代の刺激の濃さに、あの家族全員が知らないうちに巻き込まれている。
そして、その光景を眉をひそめて見ていた僕も、家に帰ってTikTokに1時間吸われた時点で、同じ渦の中にいるんだろう。
