映画『国宝』観てきました
なんなんでしょうね、この面白さ。話題の映画『国宝』(監督 李相日)、原作は未読ですが劇場で観ておきたくなり、行ってきました。真っ先に浮かんだ感想は、「“そんなバカな”の散りばめ方が巧いなあ……」ということ。
歌舞伎を見始めたのはもう30年ぐらい前、大学時代にハマって、そのノリで日舞も習い始めてしまった私ですが、「えっそこでそーなる!?」が3時間の中であれこれ起こっていくわけです。「いや、勿論リアルな歌舞伎界だったらこうはならないけど、でもこうなったら面白いでしょ?」という製作側の強い意志を感じる。こちらも「そ、そうだよね」と驚きつつも受け止め、気がついたら映画の狙いと演技者の気迫に呑み込まれていたような感じ。
「3時間があっという間」という世評が多いですが、私には「あっという間」ではなかったけれど、退屈を感じることは確かになかった。うん、何より俳優さんの熱量がね、すごかったんです。
(以下、ネタバレありあり)
喜久雄=吉沢亮の映画内的成長に引き込まれる
やっぱりこの映画のすごいところは、歌舞伎未経験の人も含め、観客に「あ、吉沢亮さん、いや喜久雄が、映画の中でうまくなっていってる、板についてきている……!」と成長を感じさせたとこじゃないでしょうか。『曾根崎心中』(そねざきしんじゅう)のお初(はつ)という役に挑戦するくだり、本舞台のところでは思わず私、大向こうかけたくなっちゃいましたよ。
何かこう……演技者というものが与えられた役の本質を掴み、それが型とか演出という枠の中で合致した、自分の中で役と制約が融合したときにのみ感じるられる到達感、エクスタシーみたいなものがしっかりとスクリーンから漂ってきていて、確かな映画的感動がありました。
少年時代の稽古風景とかもたっぷり描かれるわけです。いや、稽古自体もそうなんだけど、喜久雄と御曹司の半弥(横浜流星、少年時代は越山敬達)が仲良くなって、学校終わって稽古に急いだり、河原で練習したり、歌舞伎のせりふを復唱し合ったりというシーンは、本作の中で最も幸福感のあるところ。なんというのか、「好きで好きでたまらないからやってる」というのがしっかりと表現されてあふれ出ているから。
青春期に熱中するものと出合えて、存分に練習できる環境があって、さらには切磋琢磨し合える存在がいた、なんてことが人生でどれだけ貴重で希少で幸せなことか。そういうシーンを浴びた後での、喜久雄のお初と喝采。「よかったねえ……」と観客も共に喜んでしまうというかね。同調性の強い映画だ。
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