ピカソが嫉妬したかもしれないスペイン人画家『ミロ』の回顧展が始まりました…@東京都美術館
"Todos los niños nacen artistas. El problema es cómo seguir siendo artistas al crecer."
「すべての子どもは芸術家として生まれる。問題は、成長しても芸術家であり続けることだ。」
いつ、どこで語られたのか出典が定かではありませんが、画家のピカソが語ったとされている言葉です。
わたしはピカソのすごさや絵の良さが分かりませんが、この言葉は好き…というか、そのとおりだなと思うんです。子どもは自由な発想を持ち、既存のルールや常識にとらわれることはありません。なのに、成長するにつれて、社会の規範や「教育」によって「正しい描き方」や「現実的な考え方」などを学び、それによって創造性が抑えられてしまっている気がします。
20年以上前に読んだ『ソフィの世界』という本があります。この小説の最終盤だったと思いますが…「子どもの頃は、世界は不思議なことで溢れていたのに、大人になるにつれて、不思議に思うことがなくなっていってしまう」といったようなことが書かれていたのをいまだに覚えています(記憶によれば…なので、間違っている可能性あり)。そうなんだよなぁと…大人になるにつれて「なんで?」って思わなくなるし、その方が社会に適合しやすいんだろうと思うんですよね。でもそれは、どんどんつまらない世界になっていくことだとも思うんです。
だからこそ、ピカソの描いた絵のように、自由な発想を思わせる絵画が人気を博すのだとも思います。
前置きが長くなりましたが、今回はピカソの話ではなく、ピカソの後輩の話をnoteしておきたいんです。その人の名前はジュアン・ミロ・イー・ファラー(Joan Miró i Ferrà)。スペイン、カタルーニャのバルセロナ出身の画家です。
■東京都美術館の『ミロ展』が開催中
ジュアン・ミロと言われても「なぁんか聞いたことがあるけれど、どなた様でしたっけ?」というのが正直なところです(いつもそんな感じだな…)。でも、東京都美術館で『ミロ展』が開催されるということで、ちょこっと調べてみました。そうしたら、都美術館の隣にある国立西洋美術館で、彼の絵を何度か見たことがあったことに思い至りました。

今回の『ミロ展』では見られませんし、西洋美術館でも今現在は展示されていません。
ジョアン・ミロ(1893年-1983年) 《絵画》
1953年 油彩/カンヴァス
山村家より寄贈
大きなカンヴァスに、なんだか分からないものが描かれている作品…けれど見るたびに、作品の前に立って何分かの時間を過ごしてしまう…そんな作品だという印象があります。
通常、わたしは「何が書かれているのか分からない or 何を表現しようとしているのか説明文なしには解読できない」系のアートが苦手です。それらを見て何かを感じられたり、感動までできるとしたら、それはもう「見て何かを感じた人たち」こそがアーティストなんじゃない? みたいに思ってしまっています。
でも、ミロの作品は、「何が書かれているのか分からない」ということに、うちの息子の小学校の美術展を見ているような面白さを感じるんですよね。「これを見て、良さが分からないの?」という雰囲気はなくて、絵から「あははははは〜」って、子どもの笑い声が聞こえてくるような雰囲気が漂っているように、感じます。
それで、東京都美術館の『ミロ展』の報道内覧会へ行ってみました。展示室を巡った感想としては「こういう画風、けっこう好きだな」ということでした。


ちなみに5章構成の展示の、最後の部屋(第5章)以外の撮影は禁止です。
■ピカソが生涯持っていたミロの自画像
展示室に入ると、まっさきに飾ってあるのが、ミロ自身の《自画像》でした。

1919年に描かれたこの《自画像》に、キュビスムの影響を強く受けて描かれた自画像なのだそうです。寝間着みたいなシャツの柄が、特にキュビスムっぽいですよね。
まぁでも、もっと興味を抱いたのが、この《自画像》と、もう1つ《スペインの踊り子》というミロの作品は、どちらもピカソが生涯手元に置いていたものだということです。ということで《スペインの踊り子》は分かりませんが、こちらの《自画像》は、パリの国立ピカソ美術館所蔵です。
なんで第一章の最初に展示されているかと言えば、ミロの、ピカソとの関係を示唆したいのだと思います。ただし、以降に展示されているミロの作品に、キュビスムあるいはピカソっぽさを前面に押し出した作品は「あったかなぁ?」という程度ですし、それを匂わすような展示パネル等は見つけられませんでした(どこかにあるかもしれません)。
でも、同展覧会の図録の中にある『ミロとピカソ』という見開きのコラムには、2人が、とても深い関係だったことが記されています。
ミロとピカソは歳が12も離れているとはいえ、同じバルセロナで育ちました(ピカソは11歳くらいにバルセロナに引っ越してきました)。それぞれが育った自宅は、たった500mほどしか離れていないうえに、ミロとピカソの母親同士はもともと知り合いだったといいます(もしかすると、ピカソの母親は、ミロの母親と同じマジョルカ島出身なのかも…)。
Wikipediaによれば、ピカソは1901年にパリで個展を開き、青やバラ色の時代を経て、1904年にはモンマルトルの通称「洗濯船」に腰を据えます。そして1907年には、キュビスムがブレイクする元となった《アビニヨンの娘たち》を制作しています。
1909年(ミロ16歳)にはバルセロナへ一時帰郷していますし、1919年(ミロ20歳)にはピカソの父が亡くなり、1916年(ミロ23歳)には、彼が衣装デザインなどを担当したロシア・バレエ団の公演のために帰郷しているようです。そのたびにミロがピカソと会ったかは分かりませんが、ミロからすれば、身近にいる若き成功者だったはず。キュビスムの発信源であるピカソを、身近に感じていたミロが、影響をうけないわけがありません。
そして1920年、ミロは27歳の時に、初めてパリを訪ねます。おそらくこの時に、ピカソの母から預かっていたマジョルカのお菓子といっしょに、前年に描いたキュビスム的な《自画像》を携えて、ピカソのアトリエへ行ったのでしょう。そして大先輩のピカソから「ミロ…なかなかいい感じに描けているじゃないか。この《自画像》をわたしに譲ってくれないか?」という話になったのでしょうか。ミロからすれば、憧れのピカソからそう言われて、大感激だったでしょうね。しかもピカソは、この絵を、本当に生涯に渡って手元に置いているんです。『ミロ展』の公式図録には、その証拠となる、この《自画像》とピカソと、ミロ自身と、ミロの孫たちが一緒に写っている写真が掲載されています。
ピカソは、この《自画像》を気に入ったのでしょう。それに、同郷であり自分を慕ってくるミロを、家族のようにかわいがっていて、そのかわいい弟分の作品を大切にしていたということだったかもしれません。
■ヘミングウェイが大切にしたミロの作品…は展示されていません
前述のとおり、今回の『ミロ展』は、ミロとピカソとの深い関係を追うような展示にはなっていません。ミロも、ピカソに憧れつつもキュビスムにずぶずぶと影響されることはなかったんですね。それがとても良いなと思います。
1919年に描かれた《自画像》のすぐ近くに、その前年に描かれた《ヤシの木のある家》という作品が展示されていました。細部まで丹念に描かれていますが、写実的かといえばそうでもなく、ヘンテコなのに不思議と魅力を発しているような作品です。

この家はどこなんでしょうか?
ミロは10代のはじめから絵画に魅了されて、画家になりたいという思いを抱いていたようです。一方で、ミロの父は常識的な人だったようで、画家を目指すことに反対し、美術学校ではなく商業学校へ通うことを求めました。その父の願いどおりに商業学校へ通いつつ、美術の夜間学校に通っていたミロは、いつしか美術の道へ進みたいという思いを翻せなくなります。
きっとミロは良い子だったんでしょうね。自身と父親の相容れない希望のはざまで、18歳の時に、うつ病となり腸チフスにまで感染してしまいます。そこで療養のために過ごしたのが、カタルーニャ州タラゴナ県のモンロッチに両親が購入した農園…マス・ミロでした。ミロは、この別荘での生活を気に入ったようで、拠点をパリに移した1919年以降も、ほぼ毎年の夏に、ここモンロッチの農園で過ごしました。
そして、この農園に囲まれた別荘の絵を、いくつか描いています。一つが上の《ヤシの木のある家》なのですが、同じ別荘を描いた《農園》という作品を、文豪・ヘミングウェイが持っていたといいます。残念ながら、ヘミングウェイが所蔵していた《農園》は、今回展示されていません。
《農園》の画像は上記サイトで見られます。ヘミングウェイが「どうしても手に入れたい」と感じたポイントはわたしには分かりませんが、細部まで細かく描きこまれているので、作品を目の前にしたら、なかなか飽きないだろうなぁと想像できます。また、昼間の情景を描いているだろう《農園》も《ヤシの木のある家》にも、月がアイコンのように描かれていますね。

出典:Wikipedia(スペイン語版)
■じょじょに子どもが描いたように変わっていくミロの作風
前項までの話が、展覧会の第一章を入ってすぐのところに展示されている2点の作品についてです。これで今回書きたかったことは書いてしまいましたが、ミロの作品の魅力は全く伝えきれていませんね。
第一章は、「若きミロ 芸術への決意」という章タイトルが示すとおり「俺はプロの画家になる!」と、本気で決意する1919年までの作品が展示されています。先ほどの《自画像》はキュビスムっぽいですし、「これはゴッホかなぁ」とか「印象派だよね」など、ミロがほかの画風からの影響下にあることが分かる作品ばかりで、「あぁこれはミロっぽいね」という作品はありません。
そして第二章は「モンロッチからパリ 田園地帯から前衛の都へ」とあるとおり、ミロが本拠地をパリへ移してからの作品になります。実際には想像以上に試行錯誤があったはずですが、展示では一気に「ミロっぽい」雰囲気に変わりますます。急すぎて「おいおい、ミロに何があったんだ?」という感じなのですが、細かいことは展示室に「誰々と仲良くなって、何々派の影響を受けた云々」などと記されています。

ここが分かれ目だと思います…ミロの絵が楽しめるか楽しめないかの…。絵から愉快な雰囲気が伝わってきたり、笑い声や楽器の音色が聞こえてきたりしたら、展覧会も楽しめるんじゃないかなと。逆に「う〜ん…わからないなぁ」と感じるなら…それでも一度、実物を目にしてほしいですけど…ミロの楽しさが受信できないかもしれません。
合わないからといって、アートの感覚がないとかあるとかとは関係ないと思います。わたしはピカソの絵を見ても頭のなかは「?」で埋め尽くされますし、でもミロは「?」もありますけど、その不思議さが楽しさでもあります。誰の絵をみても「分かるわぁ〜」っていうのは、印象派以降の西洋絵画には、ありえないんじゃないですかね。だって癖が強いですし、癖が強くなければ生き残れませんし、鑑賞者の育った環境も違うんですもん。
そして第三章は「逃避と詩情 戦争の時代を背景に」とあり、少し色のトーンが落ち着いた感じになります。けれど、描かれている絵自体には、より自由な雰囲気が感じられる気がします。

同じ第三章の中でも後半の《星座》シリーズが描かれた、1939年以降は、第二次世界大戦が開戦間近だというのに、明るい雰囲気を取り戻しています。もちろん、解説パネルに記されているように「大きく口を開けた恐ろしげな怪物が、厳しい時代を象徴している」という捉え方もできるのかもしれませんが…ミロって、そんなに何かを訴えようとしていたのかな? というのがわたしの印象です。


そして第四章は「夢のアトリエ 内省を重ねて新たな創造へ」と題されています。戦後にアメリカで評判になったころの作品ですかね。「第二次大戦後」ということで、ミロの作品に何か変化が起こったのかは、わたしには分かりませんが、引き続きミロっぽい作品が続きます(当たり前ですけどね)。
どの作品も「何が描かれているか?」とか「ミロは何を思ってこの作品を描いたのか?」とか考えるほど、わたしには余裕がありませんでしたが、どれもおもしろいなぁと感じさせられました。
そして第四章の最後に「わぁ〜(笑)」ってなった作品が展示されていました。もっと特別感のある場所に展示されてもいいんじゃないかと思うほど、これは良いなぁって。

1963年に描かれた《絵画(エミリ・フェルナンデス・ミロのために)》という作品です。エミリ・フェルナンデス・ミロとは、ジュアン・ミロの孫なんだそうです。画像データを貼り付けると、どうにも良さの半分も伝えられないような気がしますが、この作品は横幅が280cmもあります。すんごく大きいわけじゃないけれど、子ども部屋に飾ったら、部屋がとっても愉快な雰囲気で満ちていきそうな気がして、子どもが明るく良い子に育ちそうです。こんな絵を描いてくれるおじいちゃんって、とっても素敵じゃないですか。
そういえば、この《絵画(エミリ・フェルナンデス・ミロのために)》の作品を1人で見ている時に、ひと組の男女が話しながら近くを歩いていたんです。男性の方が、この作品を見ながら「なんか、オレでも頑張れば描けるんじゃねって感じだよなぁ」と言っていました。
おそらく誰もが描けるんだと思うんですよね。でも、天才画家だったピカソは描けなかったんだと思います。むしろピカソほど上手ではなかったミロだから、描けたのかもしれません。だからというのもあって、ピカソはミロと生涯にわたって交流したし、ミロの作品を手放さなかったんじゃないかなとも思うんです。
■そして最終章…晩年も新しいチャレンジを続けるミロ
そして第四章の展示室から、第五章の部屋へと少し長めに移動すると…こんな感じです。


岡本太郎か! って言いたくなりますけれど、よく見てみれば「岡本太郎の作品って、やっぱり日本っぽいなぁ」と…展示室には置いていない岡本太郎の作品について考えてしまいました。
まぁ立体の作品は、まだわたしの手に負えないので置いておくとして、この展示室にある1966年以降…つまりは晩年の作品は、やっぱり進化というか変化しているんですよね。良いとか悪いとかはわかりませんし、さっき見た孫のために描いた作品の方が好きなのですが、ミロが老いてもなお新しいチャレンジをし続けていたことが感じられます。





ということで、今回のnoteは以上です。ピンッときたら、ミロ展に行ってみてください。
■ミロ展の概要
ミロ展会期:2025年3月1日(土)~7月6日(日)
会場:東京都美術館(東京都台東区上野公園8-36)
開館時間:9:30~17:30、金曜日は20:00まで(入室は閉室の30分前まで)
観覧料:一般2,300円 大学生・専門学校生1,300円 65歳以上1,600円
(前売りはそれぞれ200円引き)
休館日:月曜日、5月7日(水) ※ただし、4月28日(月)、5月5日(月・祝)は開室
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