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7月のさよなら -杉浦日向子先生 命日-

レイハラカミさんというアーティストがいる。いや、いらした、になって久しい。もうそんなにたったのか。
2011年7月27日に亡くなられた。
震災のあと、東北に行かれ、それからすぐのことだった。

出会いは2006年のRISING SUN ROCKFESTIVAL レイハラカミ feat.矢野顕子。つまり矢野さんがゲスト。そこで『JOY』という楽曲を10分間プレイした。
長いなんて少しも思わず、夜の中で浮遊する、跳ねる、どこまでも行く、みたいな曲。それにすっかり引き込まれて以来、今に至るまでずっと聴いている。
ハラカミさんは逆再生をつかう。手法は全然説明出来ないけど、アンビエントともいえるし、独特のノビと緩急がある。
ある時、ハラカミさんのお友達タブラ奏者のユザーンさんのツイートから、その訃報を知った。
泣いた。

その涙はいつ以来かなと考えたら、江戸考証家、漫画家、ご隠居、エッセイスト、杉浦日向子さん以来だった。
作品の中、そこに江戸がある。この人こそが江戸の人なのだろう、という揺らがない感じが、作品のそこここに溢れていたし、相当早い段階で隠居され、お若くして病に倒れられ、2005年7月22日、江戸に帰られた。
それをたぶん新聞で知った筈。
で、泣いた。
繰り返し何度も漫画を読んだ。百日紅も合奏も百物語にゑひもせす、東のエデン。
とにかく読み漁っているうち、なぜか私も筆ペンで江戸が描けるようになっていた。(いまは描けない)
とにかく大好きだったし、大いに影響を受けた。そこにある不思議を書きたいと考えたのも杉浦日向子さんのおかげさまだ。


今朝ふと、レイハラカミさんの命日のことを考えながら歩いていたら、そういえば杉浦日向子さんも7月だったなと日付を失念していて、検索した。
するとまさに今日であった。
背中がざわりとした。
こういうことがあるのだ。

レイハラカミさんが亡くなられた年のライジングサンにも参加しており、なんと砂原良徳(元電気グルーヴ  というには昔すぎるのか)さんのステージでJOYを10分完コピしたのだそうで、その頃わたしはサカナクションのステージにいて、ライブ終わりの転換の間、ハラカミさんがアレンジした『ネイティブダンサー 』が流れていた。魚民(当時もこう呼ばれていたのかな)の皆さんも、それに聴き入っていたのを覚えている。


と書いていたら、WANDS 5期メンバーの活動終了の報が入ってきた。なんだか、さよならばかりの7月だな。
その後には、何かが入ってくる。それも知ってる。でも今日は日向子さんを読んで寝ようと思う。

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