【ご報告】じゅーしーの命を繋ぐために。ステージ4のがん闘病と、私たち家族の決意
配信一家の弟、じゅーしーのことを話させてください。
しばらくXやnoteの更新が止まっていました。心配してくださっていた方もいると思います。長くなるかもしれませんが、現状をお伝えさせていただきます。
病院の方針により、診断書や院内の写真をSNSに掲載することができません。それでも、できる限り正直にお伝えしていきたいと思っています。
じゅーしーにステージ4の癌がみつかりました。
3ヶ月ほど前から腰が痛いと言い始めていました。その頃から、光をまぶしがることも増えていた。クリニックにも通い、レントゲン検査等もしていました。デスクワークの疲れ、仕事とゲームのやりすぎ——皆そう思っていました。
じゅーしーが20歳の誕生日を迎えた翌日、5月18日。車で大阪から栃木へ帰省しました。その頃はまだ、腰や足の痛みはあったものの、自分で車を運転することもできていました。
帰省して1週間の間に、症状がみるみる悪化しました。
座ることも、立つこともできなくなって、整形外科を2度受診。5月末に大きな病院でCTとMRIの検査を受けました。
骨盤の中に大きな腫瘍があり、背骨が3箇所潰れ、仙骨まで腫瘍が達して骨が溶けていました。肺や左目の視神経の根元にも転移がありました。仙骨の腫瘍で神経が圧迫され、足と腰に激痛が走り続けている状態で、即入院となりました。
入院が週末に近かったこともあり、「医師や看護師の数が手薄になる週末を乗り切れるかわからない」と言われました。
肺とお腹に水が溜まり、酸素吸入をしても血中酸素濃度が90を切っていました。腎臓は片方が骨盤内の大きな腫瘍に押しつぶされて機能しておらず、大量の生理食塩水の点滴と尿道カテーテルで腎機能を回復させる処置も行いました。
それでも、お医者さんも想定していなかったほど奇跡的に週末を乗り切りました。腎機能も片方ながら回復し、骨盤内と仙骨の腫瘍への放射線治療を始めることができ、麻薬を含む数種類の痛み止めで痛みをある程度コントロールしながら、日々しのいでいます。
横紋筋肉腫、ステージ4——年間の発症数が100万人あたり4〜5人という、極めて稀ながんです。肺にも、背骨全体にも転移しています。
左目は視力を失い、回復の見込みはありません。目の根元の腫瘍に対してはガンマナイフという手術を受けました。
20歳になったばかりの息子に、たった1ヶ月の間に、こんな現実が起きました。
転院の事情
横紋筋肉腫は小児に多いがんです。
小児科であれば、今の栃木の病院で治療を続けられたかもしれない。でも20歳になったばかりということで小児科では受け入れてもらえず、大阪の病院へ転院するしか選択肢がありません。
幸い、栃木の病院のスタッフの皆さんがいろいろと調整してくださり、来週には大阪の病院に転院できることになりました。
先生にも看護師さんにも、言葉では伝えきれないくらいよくしていただいています。ここに入院できたおかげで、じゅーしーの命をとりあえず救っていただけたと思っています。本当に感謝してもしきれません。
主治医の先生から聞いたこと
今日、担当医から説明がありました。
大阪の病院に転院して抗がん剤治療が始められても、根治は難しい。
これからの抗がん剤は病気を治すためではなく、苦痛を和らげながらできるだけ長く生きるためのものだと。治療は一生続くと。
強い抗がん剤の影響で、生殖機能を失う可能性もあるそうです。
抗がん剤治療に耐えるため、体力的にも医療的にもいろいろと準備をしていかないといけません。腎臓にステントを入れる処置も必要になるとのことです。
ひとつ、伝えさせてください
18年前、末っ子が生後3ヶ月で希少な脳腫瘍と診断されたとき、治療の手立てはありませんでした。
家に連れて帰り、日々のお世話をしながらただそばにいることしかできなかった。それでも9年間、懸命に生きてくれました。
今回は違います。
治療ができます。じゅーしーには、戦う手段がある。
だから、一家全員諦めたくないんです。
じゅーしーの今
現在受けている放射線治療は、一つひとつの腫瘍に対しての対処療法です。
全身に効く抗がん剤治療を受けるには、寝たきりの状態では体力が持たない。せめて一日の半分以上は座ったり歩いたりして過ごせて、身の回りのことが自分でできる状態でないと、治療に耐えられないと言われています。
大阪への転院も、介護タクシーと新幹線の多目的室を利用しての移動になるため、移動や乗り換えの時間中の最低1時間は車いすに乗っていられる状態になることが最低条件でした。
入院当初、じゅーしーはほぼ寝たきりでした。
先週ぐらいに、ベッド上で少しの間座ったり、腰を浮かしたり寝がえりを打ったりできるようになりました。
そして、ここ数日は車いすで食事もできるようになっています。
リハビリを諦めなかったじゅーしーと、放射線治療が少しずつ効いてきた結果だと思っています。小さな一歩かもしれない。でも私たちにとっては、本当に大きな一歩でした。
ガンマナイフ治療後の目の痛み、頭痛、吐き気。それに耐えながらも、じゅーしーは大阪に転院するために毎日リハビリを続けています。
昨日、入院してから初めて、車いすでご飯を食べた後、病室の洗面所で自分で歯磨きをして、ひげを剃って、手を洗いました。
リハビリの時間に補助具を使いながら少し歩くこともできたようです。
じゅーしー自身が、転院して抗がん剤治療を受けることを望んでいます。
痛みが強い時も、しんどい治療も、決して泣き言を言わず、前向きに頑張っています。その気持ちに後押しされ、私たちも前向きな気持ちで付き添いすることができています。
入院から1ヶ月、私たち家族がしてきたこと
きざくらと私(母なな)は、入院直後から病院近くにホテルを借りて、交代しながら24時間、どちらかがほぼ必ずそばにいます。
医療的なケアはお医者さんや看護師さんにお任せしています。
それでも、できれば常に家族にそばにいてほしい——それがじゅーしーの望みでもあります。
くだらない話をして、できる世話はして、できるだけ一緒にいる。それが今の私たちにできることです。
わがままな希望かもしれませんが、大阪に転院してからも、それは続けたいと思っています。
費用のことを、正直に話します
取引先の社長さんのご配慮で仕事量を調整していただいていますが、収入は正直、半減します。
この1ヶ月の付き添いのために借りてきたホテル代と入院費で、貯金もほぼ尽きてしまっています。
大阪での付き添いには個室が必要で、費用は今の倍。今住んでいる家も取り壊しで近々出なければならず、病院近くで探している物件は家賃も駐車場も今の倍近くになります。
入院費、治療費、転院費用、引っ越し費用——それが今、同時に重なってきています。
じゅーしーが毎日リハビリを頑張っている間に、私たちが動かなければならないことがたくさんあります。
お願いがあります
クラウドファンディングの準備も進めていますが、転院も来週に迫っており、引っ越しも、待ってくれる時間がありません。
もし力を貸していただけるなら、2つの方法でご支援をお願いできますでしょうか。
一つ目は、この記事のサポート機能からのご支援です。100円でも、気持ちだけでも、本当にありがたいです。
二つ目は、「じゅーしー応援メンバーシップ🏠🐈⬛」への加入です。500円・3,000円・10,000円の3つのプランをご用意しています。
特典はありません。それでも毎月継続して支えてくださる方のためだけの場所です。
https://note.com/haishin_ikka/membership/join
いただいたご支援は治療費・転院費・付き添い費用に充てさせていただきます。使い道はきちんとご報告します。
こんな形でお願いをすることを、正直、ずっと迷っていました。じゅーしーときざくらとも相談して、それでも正直に話そうと、家族みんなで決めました。
最後まで読んでくださって本当にありがとうございました。
どうか、よろしくお願いいたします。
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