たからさがし
『探していた宝物は、探していた本人そのものだった・・』
「ワンピース🏴のネタバレをしてはいかんよ」
『あ、いえ。尾田先生はまだまだ自我で考え中ですから大丈夫です😅』
「演じているからね。役割を」
『自分と自分以外というのは錯覚なのですけどね💦SNSの声はその錯覚を強めてしまう。つまりエゴ(自我)のエサになってしまいます』
「楽しんでおるのだから、なんらかまわない」
『ええ。愛ゆえに。それは大谷選手という個の力でタイトルを獲ったと錯覚しているようなもの』
「こらこら。またネタバレしちゃいかん」
『あ!スビバセン🤣』
「観方の問題でもある。自分と自分以外というのは錯覚であると気づいたとき。そこにはなんら分離なき。″ひとつ″しか残らないからね」
『勝負ごとやゲームも。ほんとうのわたし、聖なるジョークからみれば。愛おしき人間ごっこになっちゃいますね💗』
「すべてがあなた。その。自我フィルターを介さずみるせかいとは。気づきという名の帰還、ともいえよう」
『真実、事実はいまここにあり。分離という錯覚ない意識の証明をしようとするなら。例えば″何か″が届くまでに時間がかかるのであれば、そこにはまだ送り主と受取主という分離の錯覚がのこってます。でも、自他という分離なき″在る″でありのままなら。その″何か″は移動するのではなく、宇宙という全体が何かとして顕現している。この″何か″を絶対意識とすれば。人間(霊止)の本質がみえてくるでしょう』
「在るをまた異なる表現であらわしたようだね」
『学者さんには理解できませんが😂』
「いつまでも、考えてしまう(分離をつくる)からね」
『考えている中心を錯覚している状態ともいえます。事実では。中心とは聖心でありそれはせかいにひとつしかなきもの。その中心は中心でありながらどこまでも広がる中心といえますね。そこではもはや外側は存在しない』
「ほお。理解が深まったね。無論、そこに″理解する者″(悟る者)は存在しないというジョークでもあるのだが」
『🤣🤣🤣・・でも。わたし(いちなる微笑むもの)に帰還します』
「そうだね。それ以外は幻想であるゆえ。完全なるあなたにせかいは救われている。救いすら超えた圧倒的な全肯定(真のあなた)ともいえよう」
『さすがに私も80憶人もの名前を知りませんが。その、″すべてのだれか″が天国にいたと気づく💖』
「境地でもない、境地。特別が消えた特別。無為自然な状態である。まったく自我(個)のなき。あなたのことじゃよ」
『すべてが最初からひとつのマル(抱擁)の内側の出来事。やさしきひかりをありがとうございます🙏✨』
「はて。いったい。だれに感謝しているのかね?」
『・・あ。″わたし″でした🤣🤣🤣』
「おもしろいジョークだ👶👏👏✨」
『すべてのものが宝であり、宝とはせかいにひとつ💚』
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あなたにいつも拈華微笑💖