あるもの
「かみさまがイライラしたりウソつき呼ばわりしたり、なにかほかのもののせいにしてまるで自分だけが救われたかのような気になるだろうか」
『と、突然なんです?』
「ははははは。せかいとは全部ジョークだといったね?」
『ええ』
「そのように聞いても。あなたの自我さんは異なる解釈をしたい」
『・・たしかに。人生に意味を与え。他者や自然とは分離していたい。つまり、″私″は存在していたいですから✨』
「だが。それですべての苦しみは消えたかね」
『❗❗😨』
「気づかねばならない。何か心地よくないものを感じたトキ。それはほんとうのじぶんではないものを掴んでいるよというサインだと」
『・・真理をみたいなら?』
「そうだね。もちろん人間を続けてもいい。自我を自己だと信じ、何かを成す。それを否定できる者はせかいのどこにも存在しない。もし。あなたを否定したり肯定したりすることのできる者がいるとすれば、それはせかいであなただけである」
『何かが起きた、という意味づけも。実在するかのようにみえる世界のあらゆる問題も。すべては″私″の内側で起きている・・』
「そう。内側も、外側も。実のところあなただ。そして、事象が起きているようにみえる外側もまた真実では。すべてあなたの内側にある」
『自我を棄て。心についたなにかを棄て。心さえも超えて。聖心にもどったトキですね?すべてのものが″私″でなく″わたし″な領域』
「理解がいい。すべては宇宙からのメッセージ。思考も。直感も。人間の手にはなにもない」
『すべてあい。でも。人間の私には何もないというのはかなりショックな事実でもあります』
「そのように言っているのは誰かね?ハートでなく。思考さんではないだろうか?それは自我にすぎない。で。あなたは人間だろうか。個体や🌎の細胞のような。ごくごく小さな意識なのだろうか。古くから掴んだままのあなただけの観念により。その身体の内側と外側に。境界をつくりだしているだけではないだろうか」
『いえ。すべてとつながっているからこそ。確かにここに在る。その存在は決して小さな存在では成しえないものです』
「在るといい。気づきの瞑想でも。日常から何かの観念を掴んでいたことに気づいてもいい。そしてまた。ただ在るといい」
『そのように真実をみていくことで?』
「起こるはずだった学びは起きなくなる」
『例えば?』
「善悪や分離。正しい、よくない、悪い、という観念を掴んでいる者はその通りに学ぶ。もちろん事象のすべてがあなたにとって意味があるとはいえない。まったく意味のない現れもあるだろう。それでもそれでも。あなたが掴んでいたままの。不要な観念を手放していくことで。あなたの人生から。苦しみというものは消えていく。ほんとうのあなたがクリアになる」
『そのトキには?』
「せかいになんら影響されず。あいだけを観ることができるだろう」
『・・赦し、ですか』
「あいだけを。聖心だけを観ることで。すべて赦されていると。あなたも。あなた以外のすべても。完全に救われていると気づく」
『幻想を生きても?』
「そのトキにはもう。人間を幻想だと完全に認識しておる。ほんとうのあなたのその慈悲ですべて包み。ただただ変化を楽しむだろう」
『世界とはすべてジョークの意味も?』
「いまのあなたの理解とはまた異なる理解で。この″ジョーク″を笑顔で見守っているだろうね。すべてはあいの御業だから✨」
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