わたしを56したひと
『ス・・スビバセン💦』
「なにかあったかね」
『わたしを殺生しちゃいました😱😱😱』
「大丈夫だ✨もちろん真実では。だれもが毎日″わたし″を食べている。一般の人々が食事をするという楽しみを味わうことは。真実では″わたし″を口にほおばることに変わりない。また。このせかいではお風呂と呼ばれる″わたし″に浸かり、シャワーとも呼ばれる″わたし″を浴びる。なぜなら″わたし″とはひとつしかないからね。喩えるなら私という想念なき″わたし″。対象のなき″わたし″。ひとりきりの部屋で。″わたし″という必要はないであろう。だがこの世という幻想世界では。あなたがいて私がいる。まったくあいだねぇ♡とはいえ。たしかにすべてのものがあなたであるが、ほんとうのあなたはこのせかいとはまったく関係ない」
『は、はぁ・・よくわかりませんが。だ、大丈夫なのです?56しちゃったのですが💦💦』
「殺生はよくない。しかしながら。間違った教えでは。その教えがあなたやあなたのまわりの者たちを生涯にわたり苦しめることにもなりかねない」
『・・わかります!なんだか可笑しな決まりごとだな、と思うことも』
「変化しかしていないからねぇ。たとえば富士山は本当に3,775m56cm(一般に3,776m)なのかね?それはいまも変化しているだろう🗻✨」
『たしかに。固定された何かなんてない世界。それなのに固定し、執着しているのが私の観念』
「そこに善悪はないよ。しかし。あなたの掴んだままの観念を超えるには。ただ在るだけじゃよ」
『・・ええ。わかっちゃいるのですが💦』
「それで?なにを56したのかね」
『ほとんどの人に忌み嫌われている″G″です。とても大きな😱黒茶といいますか・・クロビカリといいますか』
「🤣🤣🤣」
『笑いごとではありません!Gもまた。真実では″わたし″でしょう??』
「あはは!すまない。そうだ、そうだ。高い低い、高等や下等、勝ち負けなど存在しない。色即是空に人間以外の何か?などという分離はないからね。もし何か対象をつくっている誰かがそこにいるなら。それは在るでなく。幻想世界である。実在ではない」
『・・・。ハ!これはGだ!!と決めつけている″私″がそこにいる!?』
「うむ。素晴らしい理解だね」
『Gをスリッパでごめんちゃいするのも″自動″で起きているのですか😲』
「ほんとうのあなたがやっているわけではない」
『な、なるほど。でも一般の犯罪者と呼ばれる方々は。ときにその罪から逮捕されたり、苦しんだりしてますよね・・』
「″観念の犠牲者″だ。このように考えてはどうだろう。真理は空のせかいで。はたしてそれは本当に彼らが犯したのだろうか、と。このまなびやにおいて様々な教えはあるが。そもそも観念教育でなく。すべてはひとつでありつながっているを根本として。争いなき真の平和、世界の観方を教える教育をしておれば。空のせかいがそのまま鏡世に現れていたのではないか、と」
『・・・・・。な、なるほど。一生涯会うこともなく、顔すら知らない誰かともつながっていて成り立つ世界。成り立つ私。その視点はありませんでした。ひとりの教育に携わる者として。なんだか恥ずかしくもあります💦』
「お気になさらず。すべて決まっていて。真実では何ひとつ動いてはいないせかいである。みな。空のこころ、空のせかいにやすらぎ。微笑んでいる」
『ゆ、赦されている?』
「実体は空。すべては無に充ちている。ゆえに争わなくても争ってもいい。空という聖なる自己をしることが真の進化、成長とはいえ。ゲームや競争もなければ、この物質世界という幻想における進化はない✨」
『すべてあい。人のかたちをした何かでなく。Gでよかったのかもしれません。前者なら。何も起きていないといっても″私″はまた鏡に穢れを写してしまったかもしれない。それはほんとうのわたしじゃないもの』
「そうだね。せかいでただひとりの主役であり、救世主であるあなたが。内側の鏡についた穢れを落とすところで。四苦八苦していたのでは。そのまんなかで微笑む聖心もまた。本来の輝きをせかいに写せないだろう」
『ありがとうございます。まだまだ。カーテンの隙間から差し込む光程度にしか。わたし本来の姿を、エネルギーを感じていませんでした💦すべてのものがわたしなのに』
「問題ない。気づけたのだから。心地よいせかいは広がる。せかいとはあなただ。あなたがここにいるからこそ。ここにせかいはあるのだから。あなたであるGもまた。あなたに救われたのだ✨」
『それはあまり心地よくありません❗❗😭😭😭』
「🤣🤣🤣」
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