もんどうきえのこり
「もったいないねぇ」
『・・深刻で重い空気になってました?💦』
「思考で考えた瞬間もう真理からはズレるからね。だからこの赤子の記事はあまり真剣に考えて読まないほうがいい。まぁ。ズレても問題ない」
『・・・。もったいないというのは?』
「まだあなたは。多くを決めつけておるからじゃよ。どうかね?人生を棄てずに。描きなおせるなら。決めつけていたものをまたゼロから描いてみたいとはおもわないかね?」
『なんだか。人生なんていつでもやり直せるかのような言いぐさですね』
「真理とは深刻さの欠如。ほんとうの自由を得る。つまり本来のあなたとは深刻さとは対極にある存在だからね。自我だけを拠り所としすぎた結果。真実のあなたからズレにズレすぎたゆえに、深刻さが深刻さを生み続けている、ともいえるだろう」
『・・なんかヤヴァくないですか?それって。負のループみたいな💧』
「ヤヴァいね。しかしながら。まったくヤヴァくない。ズレているのは自我だけだからね。真我(あなた)ではない」
『・・あ。ほんとのわたしがズレてるわけじゃないんだ💛』
「そうだね。でも。自我と真我を分けてもいけない。分ける誰かがそこにいることになるからね」
『・・なんだか禅師、臨済義玄みたいですね』
「ははは!安心なされよ。赤子は臨済のように押し問答はせぬ。もし。臨済と禅問答となっても、最後は互いに笑って無言。茶を啜って仕舞じゃよ😏」
『はぁ・・。あ!深刻な私がまた現れたみたいです💦』
「では問おう。いま。あなたが決めつけておることを挙げてみなされ」
『・・・・私はこういう性格だ、とか?』
「それを″本当にそうなのか?″と疑うのではないよ。″そうだとしても、そうでなくてもいい″と置いてみなされ」
『置く?否定するとかでなく、見送るんですか?』
「否定するならまた別の決めつけとなるからね。″どちらでもいい″という余白をのこす。それが描きなおしとなるはじめの一筆じゃよ」
『でも。それって・・私がなくなるような・・』
「なくなるのは″固定していた自分像″じゃ。本来のあなたはなくなるようなものではない」
『・・なんだか少しらくな感じかも。・・では、決めつけていたものを手放すとよいということですよね!?』
「それもまた決めつけじゃよ。″手放すべきだ″という立派な、の」
『・・いや💦じゃあ何もできなくなるじゃないですか💦』
「安心なされよ。なにもする必要のない者が。なにかをしようとしていただけなのだから」
『それ。安心していいやつです?私、深刻すぎる日々に疲れたから人生描きなおしたいんですけど。それこそ人生かけてでも!』
「その″人生かかっている″という深刻さこそ。もっとも軽い思いこみじゃ」
『軽くありません💧めっちゃ重いです😩』
「重さとは、握りしめた力のことじゃよ。パっと手を開いてごらん。その重さはどこへ行くかね?」
『・・・あ、消える!?』
「消えたのではない。″もともとなかった″のじゃ」
『・・・なんか、だまされてるみたいな』
「だまされたのではない。あなたが素直になっただけじゃよ」
『あっ、そういうこと?✨』
「わずかでも。余白がひろがったのではないかね。深刻さは一気には消えぬ。あなたが気づくたび。すこしずつゆるめるとよい。それで十分である」
『・・ぅ。い、いあ。私には十分ではないです💧』
「力が入ったままのあなた。つまり。固定された自分像(あなた)はいつまでも考えていたいからね。力が入るから自分物語となるわけだが」
『?・・禅師のように手厳しくても大丈夫です!問答ください🤍』
「ではでは。いまの人生は誰のものか?」
『・・わ、私のですけど?』
「では。その″私″はどこにある?」
『・・ここに🙅♀️💗』
「そこを開けたら出てくるのかのう」
『いや・・出てきません💦』
「ならば。私の人生はどこに?」
『え?・・あれ?』
「おかしいのう」
『・・ない』
「そうじゃ。では描きなおす必要はあるかな」
『・・ない!?』
「ないのう。また。すべてあるのう✨」
『あれ・・深刻な悩みは??』
「力を入れすぎて描きなぐっただけの絵じゃよ」
『・・・・。なんか悔しい💦』
「それもまた。名画という人生じゃな」
『・・・😂😂😂』
「それでよき」
『・・・🤣・・・。お茶、飲みますか🍵✨』
「それこそが真理(あなた)じゃな」
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あなたにいつも拈華微笑💖