現実をしらないひと
《ちょっとちょっと、〇〇さん。来月、保護者懇談ですって》
『あぁ、気が重いわぁ・・。うちの子。成績悪くて担任の先生からいつも私が怒られるのよね。たまには旦那に行ってもらおうかしら。うちの旦那、仕事のことばかりで現実をしらないから』
さてさて。
今回は現実をしらない、とおっしゃる奥様のオハナシ。
色即是空の色ばかり見ていると。
つまりは。
分離が当たり前の(幻想)世界の住人のままだと。
はたして。
本当に現実をしらないのは一体、誰なのでしょうか?
これまた。
奇跡の。
あい(かみ)の御業かもしれません。
『こちらの奥さん、ご自身のことを発言されてますね』
「鋭いねぇ。しかしこれもまたせかいすべてが考えるべき問題でもある」
『世界に″わたし″とは、ひとつしかないですからね』
「とはいえ、空のせかいではまったく考えなくてもよいがね✨。それでも。どこかの″私″さんにとっては学ぶ必要があるため。それは夢や戯言でなく、現象として現れる。善悪が存在するという観念を持つ者が、あたかも悪人が存在するかのような現象を目の前に観るのと同じである」
『在ることで観念を手放しなさいといっても。そうすることがなぜ自分自身を解放することになるのかすぐには理解できませんからね・・。でも、この世とは夢の中では?』
「お金持ちになりたい!有名になりたい!偉い人になりたい!そのような目的・役割の者にとっては。この世とはまさに夢舞台である。真理(ひとつ)には。個人などいない、分離などどこにもないのに、まるで自分が何者かになった気になれるのだから✨」
『まさに天上天下唯我独尊💗』
「この世にあなたほど偉い人はいない、という意味ではないぞ」
『それだとラップバトルになります!″おれ一番❗❗″🤣🤣🤣』
「現実をしらない、とは自分とはなにか、私とはなにかをしらないことを指すのかもしれないねぇ」
『マスターからみるとそうですか』
「でもね。目の前に広がる景色すべてはあなたである。そのことを観ようとしていないだけともいえるだろう。目覚めてもいない初期。気づきはじめはこのように感じる。日常会話の中での例をあげると。″ん?いま私がこの人に言ったこの言葉は・・実は私自身に言うべき言葉ではないだろうか??ってまさかね、そんなわけないか・・″」
『ひとりでなく、実相ではひとつですからね😆』
「分離の観念を掴んでいるままだと。″まさか。そんなわけないか・・″と、また同じような現象が繰り返されるだろう」
『あいですね。時間が実在するという観念を持つ人は。いつまでも時間に追われた生活を楽しむ。その観念なくなると、動きはとてもゆっくりになる。誰もが観念通り完璧に経験してます💖』
「役割・使命を果たすべく、空(無の充足)に気づかずのままの御方もおられる。しかしながら、探求者であるあなたは勘違いしてはならないよ。その方々も真のスガタは空にあるからね。すべてはすでに″在る″から」
『・・ええ。そこは絶対に忘れず。″分離・価値判断・決定をするなら真理を見逃している″という教えと同じことですから』
「現実(あい)をみているかね?」
『・・誰のことです?我のなきところにみている者なんてどこに??』
「これはまいったのう!👶✨」
″ひとつ″は、ほほえむ
在る
探求者はわらった
それは
変化(せかい)をただてらすだけの
ひかりだった
拈 華 微 笑
それこそは
げんじつである
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あなたにいつも拈華微笑💖