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ジェフ・ラスキンとブルース・ホーンの回想から読み解く、「誰が最初に考えたか」という執着と作られる神話について【ジェフ・ラスキン5】

人間という生き物は、どういうわけか「自分が最初である」ということに異常な執着を示す。「俺があの店を最初に見つけたんだ」「あのバンドが売れる前から目をつけていた」。居酒屋のカウンターに座れば、隣の席からそんな中高年男性の自慢話が嫌でも耳に入ってくる。彼らの主張はたいていの場合、事実誤認か単なる思い込み、あるいは記憶の都合の良い美化によるものなのだが、当人はアポロ計画で月に降り立った宇宙飛行士のような顔をしている。
元祖と本家が血みどろの争いを繰り広げる温泉街の饅頭屋から、特許の先取権をめぐって何億ドルもの訴訟費用を溶かし合う巨大企業まで、この「起源への執着」は人間の業のようなものらしい。誰もが、歴史の教科書に自分の名前を一番乗りで刻みたいのだ。
この果てしなき泥仕合は、合理性や論理を重んじるはずの最先端テクノロジー業界であっても例外ではない。たとえば、私たちが毎日当たり前のように使っているパソコンの画面、すなわちグラフィカル・ユーザー・インターフェース(GUI)の歴史を紐解いてみても、そこには「誰が本当にあれを作ったのか」という怨念めいた自己主張がドロドロと渦巻いている。
そんなドロドロを1996年のapple-history.comに掲載されたブルース・ホーンの「On Xerox, Apple, and Progress(ゼロックス、アップル、そして進歩について)」をめぐる、ジェフ・ラスキンとブルース・ホーンのやりとりを元にして思いを巡らせたいと思う。

ブルース・ホーンは、初代Macintoshの開発メンバーであり、ファイル管理システム「Finder」や「リソースマネージャー」の開発と実装を主導したプログラマーだ。彼は10代の頃にゼロックスのパロアルト研究所(PARC)で働き、オブジェクト指向言語「Smalltalk」のプロジェクトにも関わっていた。つまり、ゼロックスとアップルの両方の技術的背景を直接知る、数少ない当事者の一人である。

世間の一般的な「常識」では、マッキントッシュの美しいインターフェースは、若き日のスティーブ・ジョブズがゼロックスのパロアルト研究所(PARC)を見学した際に、そこで動いていた先進的なシステムを見て「そっくりそのまま盗んだ」ことになっている 。スティーブ・ジョブズというカリスマ的な天才(あるいは強欲な海賊)が、官僚主義にまみれた大企業の研究所から未来の火を盗み出した、現代のプロメテウスのような物語だ。このエピソードはあまりにもドラマチックであるがゆえに、世界中の伝記や映画で繰り返し再生産されてきた。
しかし、実際にその現場で泥臭いコードを書き、徹夜でキーボードを叩いていた当事者たちの証言を並べてみると、事態はもっと複雑で、そして生々しい。
マッキントッシュの初期プロジェクトを立ち上げたジェフ・ラスキンによれば、マックの開発は決してジョブズの単独のひらめきやゼロックスからの鮮やかな剽窃などではなく、何千人もの人々の絶え間ない努力の結晶であるという 。ラスキンは、画面上のオブジェクトを選択して動かすための「クリック・アンド・ドラッグ」の操作方法はゼロックスの研究所ではなく、アップル内部で発明されたものだと指摘している 。彼に言わせれば、世間の人々は、自分がジョブズがまだ小学生だった頃から使いやすさ(ユーザビリティ)の主要なアイデアを練り上げていた事実を知らない 。そのため、歴史家やジャーナリストたちは、一番近くにある似たような研究からマックの起源を強引に導き出すという「歴史の「創作」を行っているのだという 。

「私がMacプロジェクトの歴史で述べたように、Macは決して一人の人間の仕事ではなく、大小何百もの企業にいる何千人もの人々の絶え間ない努力の結晶でした。多くの記述が時代錯誤に伝えているような、スティーブ・ジョブズがPARCを見学してAltoがSmallTalkを実行しているのを見て盗み出したというものではありません。」GUI Discussion :: Jef Raskin Response
「ホーンが言う通り、クリック・アンド・ドラッグのメソッドはPARCではなく(そして私の知る限り他のどこでもなく)Appleで発明されました。Xeroxの「クリック・移動・クリック」というメソッドがエラーを起こしやすいことに気づいた後、私はオブジェクトを移動したり選択したりするためのこの方法を作りました。」GUI Discussion :: Jef Raskin Response
「多くの歴史の書き手は私と話をしませんでした。ジョブズがまだ小学生だった頃、そして学ぶべきXerox PARCが存在するより前に、私が主要なユーザビリティのアイデアの多くをすでに練り上げていたことを知らない以上、人々が一番近くにある似たような研究からMacの起源を導き出すような歴史を「創作」しなければならないと感じたのも無理はないのかもしれません。MacがPARCでの研究に負っている正当な知的恩恵は、決してあからさまな強奪事件のようなものではなかったのです。」GUI Discussion :: Jef Raskin Response

しかし皮肉なことに、ジョブズ神話の単純化を批判するラスキン自身もまた、「クリック・アンド・ドラッグの発明者は自分である」と強く主張することで、図らずもこの終わりなき起源争いの当事者となっている。歴史の歪曲を指摘しながらも、彼もまた自身の名前を正史に刻むことには確かな執着を見せているのだ。起源への欲求という人間の業は、それを批判する者の内側にも等しく存在しているのである。
一方で、ゼロックスに在籍した後にアップルに移り、マックのシステム開発に深く携わったブルース・ホーンの見解も興味深い。彼は、ドラッグ&ドロップによるファイル操作などを生み出したのは、間違いなくマックのグループであったと語る 。また、プルダウンメニューを発明したのはLisaのグループであったという 。

「SmalltalkにはFinderはなく、実際のところその必要もありませんでした。ドラッグ&ドロップによるファイル操作は、他の多くのユニークな概念とともに、Macグループから生まれました...」GUI Discussion :: On Xerox, Apple, and Progress by Bruce Horn
「Lisaグループもまた、いくつかの基本的な概念を発明しました。プルダウンメニュー、QuickDrawに基づくイメージングおよびウィンドウのモデル、クリップボード、そしてクリーンに国際化対応可能なソフトウェアなどです。」GUI Discussion :: On Xerox, Apple, and Progress by Bruce Horn

ホーンは、マックとゼロックスのシステムは根本的に設計思想が異なる別物であり 、当時のマックが抱えていた極端なメモリとディスク容量の制限のなかで、やむにやまれず下された設計上の妥協の産物であったことを明かしている 。

「...MacはXeroxのシステムとは全く異なる別物だった..」
「お察しの通り、XeroxのシステムアーキテクチャとMacintoshのアーキテクチャの違いは巨大です..」GUI Discussion :: On Xerox, Apple, and Progress
何しろ当時のFinderの容量は、ディスク上でわずか46Kしかなかったそうだ 。現代の私たちが使っている巨大化したシステムからすれば、冗談のような数字である。
「オリジナルのMacintoshは極めて厳しいメモリとディスクの制約を抱えていました。例えば、リソースマネージャーはROM内のコードで3,000バイト未満しか占有しておらず、Finderはディスク上でわずか46Kでした。」GUI Discussion :: On Xerox, Apple, and Progress

要するに、天才的なひらめきでゼロックスからすべてを完全にコピーしたわけではなく、ハードウェアの厳しい制約と格闘しながら、数々のエンジニアたちが血を吐くような思いで「なんとか動くもの」をでっち上げた結果が、あのインターフェースだったというわけだ。彼らは限られた条件のなかで、最善とは言えないまでも、とにかく出荷できるものを作り上げたのである 。

「しかし、Macは出荷しなければならず、また比較的安価でなければなりませんでした。私たちには「考えうる限り最善の」設計をするための時間や費用をかける余裕はなかったのです。」
「私たちは、ある程度後悔するような設計上の決定を数多く下しました。当時でさえ、自分たちがしなければならなかった妥協に失望を感じていた者もいました。しかし、もし違うやり方をしていたら、果たして私たちは出荷できていたでしょうか?」GUI Discussion :: On Xerox, Apple, and Progress

さて、ここで一つの疑問が浮かぶ。なぜ世間は、こうした名もなきエンジニアたちの地道な試行錯誤や、ハードウェアの制約のなかでの血の滲むような妥協といった「泥臭い現実」を無視し、「ジョブズの天才的な略奪」という神話を好むのだろうか 。
おそらく理由は単純だ。私たち大衆は、複雑な現実よりも、わかりやすいストーリーを消費したいからである 。「数千人の技術者が少しずつアイデアを出し合い、妥協しながら漸進的に改良した」という歴史よりも、「一人の孤高の天才が大企業から未来を盗み出した」という神話のほうが、はるかにエンターテインメント性が高い 。
私たちは、歴史を「偉人」というわかりやすいアイコンで分類したがる 。誰がコードを書いたか、誰がプルダウンメニューの挙動を調整したかという細部は、神話の構築においてただのノイズに過ぎない 。だからこそ、すべての泥臭い現実を「一人の天才の鮮やかな略奪劇」へと回収してしまうジョブズ神話は、これほどまでに強力に機能したのだ。

「誰が最初に考えたか」という問いは、結局のところ、歴史を単純化して手軽に消費したい後世の私たちが求める、わかりやすい娯楽的な側面を持っている。今日も私たちは誰が発明したかもよくわからないマウスを握り、何のためらいもなく画面上のアイコンをドラッグしている 。その裏にはゼロックスの研究者たちの遺産があり、同時にアップルの技術者たちの執念がある 。
にもかかわらず、社会は事実の蓄積よりも、一人の英雄を祀り上げることを選ぶ。 おそらく百年後の歴史書には、「21世紀の初頭、スティーブ・ジョブズはたった一人で最初のパソコンを木と鉄屑から削り出し、人類に光を与えた」とでも書かれているに違いない 。歴史は常に単純な物語を求め、その過程で無数の真実を冷酷に切り捨てていく。
かく言う私だって、今もっともらしい顔をして書いているこの結論が、昔読んだ誰かのコラムの受け売りではないと完璧に証明することなどできない 。ただ一つ確かなのは、我々が今日も無自覚に触れているインターフェースは、一人の天才の魔法などではなく、歴史の背後に消えていった無数の「妥協と執念」の蓄積の上に成り立っているという事実だけだ。


ジェフ・ラスキンとブルース・ホーンのやりとり

1. ブルース・ホーンの最初の寄稿(On Xerox, Apple, and Progress、ゼロックス、アップル、そして進歩について) MacのGUIがXeroxからの単なる模倣であるという俗説を否定する初期記事です。ドラッグ&ドロップやリソースなど、Macチームが独自に開発したシステムアーキテクチャの多さを解説し、両者の違いを主張しています。

2. ジェフ・ラスキンの最初の応答(Jef Raskin Response) ホーンの記事を読んだラスキンが、1979年にMacプロジェクトを立ち上げた創設者としての視点から応答した記事です。Xeroxの操作をエラーが起きやすいと考え、自身がAppleで「クリック・アンド・ドラッグ」を発明したと主張し、ハードウェアの基本要件も自身が初期に作成した仕様に含まれていたと述べています。

3. ジェフ・ラスキンの追加の応答(Jef Raskin Response) 歴史的事実をさらに引き出すためとして、ラスキンが追加で投稿した記事です。自身の1967年の学位論文(Quick-Draw Graphics System)からの抜粋を中心に構成されており、Xerox PARCが存在するより前に、すでにGUIや多様なフォントの概念、「ヒューマン・ユーザビリティ(人間の使いやすさ)」の重要性を提唱していたことを詳細に説明しています。

4. ブルース・ホーンの再応答(Bruce Horn Response) ラスキンの一連の応答に対する、ホーンからの再反論です。最初の記事の目的は個人の功績を評価することではなく、MacがXeroxとは異なるシステムであることを示すためだったと釈明しています。同時に、Apple設立前のXeroxでポップアップメニューでのクリック・アンド・ドラッグや、選択ベースのテキスト編集がすでに使用されていた事実を挙げ、ラスキンの歴史認識に誤りがあると指摘しています。



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