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ステレオ写真の誕生日は1841年8月17日。近年の研究によりステレオ写真技術の確立時期が解明されつつあります。

(タイトル画像は1860年に撮影されたチャールズ・バベッジの肖像写真を、Apple SHARPで3DGS化し、SHARP & STEREO Appでカメラアングル調整をしてステレオ写真化したものです。)


■写真立体視の起源に関する近年の特定

19世紀における視覚メディアの歴史において、ステレオ写真(Stereoscopic Photography)の登場は、平面的な画像の記録から空間的な奥行きの再現へと移行する重要な転換点であった。チャールズ・ホイートストンによるステレオスコープ(立体鏡)の発明は1838年に遡るが、写真技術と融合し、実用的なメディアとして確立されるまでには数年の歳月を要している。
近年の研究、特にラリー・シャーフ(Larry Schaaf)らによる一次資料の分析により、従来曖昧であった写真立体視の「実質的な誕生日」が特定された。本稿では、各種調査に基づき、その日付である1841年8月17日に至る経緯を、当時の記録と引用を用いて記述する。

■主要人物のプロフィール

・チャールズ・ホイートストン(Charles Wheatstone)
物理学者であり、1838年に反射式ステレオスコープを発明した人物。人間の両眼視差の原理を科学的に証明したが、当時は写真技術が未発達だったため、線画を用いて理論を実証していた。
・ヘンリー・フォックス・タルボット(Henry Fox Talbot)
カロタイプ(ネガ・ポジ法)写真術の発明者。ホイートストンの依頼を受け、初期のステレオ写真実験に協力した。
・リチャード・ビアード(Richard Beard)
ロンドンにヨーロッパ初の公共ポートレートスタジオを開設した実業家。ダゲレオタイプ(銀板写真)の特許権を購入し、化学者ジョン・フレデリック・ゴダードを雇用して感度向上を実現した。
・ヘンリー・コレン(Henry Collen)
ヴィクトリア女王の細密画(ミニアチュール)画家であり、タルボットからライセンスを受けた初のプロフェッショナルなカロタイプ写真家。
・チャールズ・バベッジ(Charles Babbage)
「階差機関」や「解析機関(Analytical Engine)」の考案者であり、「コンピュータの父」と呼ばれる数学者。彼はホイートストンの親友であり、タルボットの写真技術をロンドンの社交界に広めるエバンジェリスト(伝道者)でもあった。バベッジは自身のサロンでタルボットの写真を展示し、科学者や名士たちに紹介していた。
・アドルフ・ケトレー(Adolphe Quetelet)
ベルギーの統計学者・天文学者。ブリュッセル王立アカデミーの永久書記を務め、科学界のハブとして機能していた。

■初期の試み:1840年におけるホイートストンとタルボットの実験

ホイートストンが考案した反射式ステレオスコープは、左右の目に異なる角度から描かれた画像を提示することで立体感を生じさせる装置であった。1839年に写真術が発表されると、ホイートストンは即座にタルボットに接触し、写真の応用を模索した。
資料によれば、1840年12月、タルボットはホイートストンの依頼に応じてステレオスコープ用の写真ペアを作成した。しかし、ホイートストンからタルボットへ送られた1840年12月15日付の書簡には、以下のような評価が記されている。

「ステレオスコープのために作成していただいた写真に感謝します。しかし、これらは正確には目的に合致しませんでした。あなたが採用した角度(47 1/2度)は大きすぎて、二つの画像の違いが極端になりすぎているため、目的には正確には合致しませんでした」
(出典:Talbot Correspondence Project: Document No. 04172

タルボットは立体感を強調しようとするあまり、人間の両眼視差を遥かに超える角度をつけて撮影してしまったのである。また、当時の単眼カメラによる逐次撮影では、撮影間に太陽の位置が変わり、影の形が変化してしまうという問題もあった。

■技術的障壁:ダゲレオタイプと鏡面反射の問題

1841年に入り、ホイートストンはダゲレオタイプを用いた実験を行った。彼はリチャード・ビアードのスタジオを訪れ、ビアードの息子の肖像写真をステレオ用に撮影させた。ホイートストンは後に、これが最初のステレオ・ダゲレオタイプ肖像画であると主張している。
しかし、ダゲレオタイプには物理的な課題があった。銀メッキされた銅板は鏡のように光を反射するため、鏡を用いるホイートストンの装置で観察すると、光の乱反射(グレア)が発生し、像の視認が困難であった。この物理的な不適合により、ダゲレオタイプによる立体視の実用化は足踏みすることとなる。

■転換点:1841年8月17日の撮影実験

ダゲレオタイプの光学的制約を受け、ホイートストンは再び紙ベースの写真であるカロタイプに回帰する。彼は画家の美的感覚を持つ写真家ヘンリー・コレンに依頼し、被写体として数学者チャールズ・バベッジを選定した。
近年の研究で特定されたその実施日は、1841年8月17日である。この日の撮影について、コレン自身が1854年に『Journal of the Photographic Society』へ送った書簡の中で詳細に証言している。

「ホイートストン氏の要請と指導の下、その年の8月に、私はバベッジ氏のステレオスコープ用肖像画のペアを作成しました。」
(出典:Journal of the Photographic Society, Volume 1, p.200

コレンは1台のカメラを数インチ水平移動させて2枚の写真を撮影した。この間、被写体であるバベッジは微動だにせず静止する必要があった。
コレンはこのプロセスを

「光学的な困難だけでなく、化学的、写真的な困難をも克服しなければならない、恐るべきプロセスであった。」
(出典:Journal of the Photographic Society, Volume 1, p.200)

と回顧している。
完成した写真は紙製であり、反射の問題も解決されていた。計算の機械化を目指したバベッジが、空間再現の機械化を目指した装置に取り込まれたこの瞬間は、視覚メディア史における特異点となった。
*1841年8月17日にヘンリー・コレンによって撮影されたこのチャールズ・バベッジのステレオ肖像写真は残念ながら現存していません。

■成果の公表:科学界への報告

この成功を受け、ホイートストンはベルギーの統計学者アドルフ・ケトレーに成果を報告した。ケトレーはこの内容を公的な記録として残している。

「この用途について伝え、見本を送ったケトレー氏(M. QUETELET)は、1841年10月のブリュッセル・アカデミーの紀要で、このことを紹介しました。」
(出典:『続・両眼視のいくつかの注目すべき、そしてこれまで観察されてこなかった現象について § 17.-§ 24.』チャールズ・ホイートストン 1852)/ 参照元:Bulletins de l'Académie Royale des Sciences et Belles-Lettres de Bruxelles, Vol 8, Part 2, Oct 1841

この1941年のケトレー氏の公表により、写真を用いた立体視技術の確立が、国際的な科学コミュニティにおいて正式に認知されるに至った。


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