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【ステレオ・リアリストの系譜 第1回】おじいちゃんの居間:冬の時代と近代化の胎動

写真の歴史を紐解くと、そこには忘れ去られた黄金時代と、その影で静かに、しかし熱烈に命を繋いできた表現者たちの物語があります。私たちが今日、スマートフォンで手軽に奥行きのある映像を楽しめるようになるずっと前、世界は一度、立体的な視覚体験に熱狂し、そしてそれを古い時代の遺物として一度は捨て去ったことがありました。
今回の物語は、1930年代から40年代にかけての貴重なアーカイブ資料をもとに再構成しています。当時の空気感を今に伝えるのは、次のような歴史的な刊行物たちです。

記録の拠り所となった雑誌アーカイブ


1945 : Minicam Photography 1945–12: Vol 9 Iss 4

Minicam Photography(後のModern Photography

1937年に創刊された、35mmフィルムを用いる小型カメラ(ミニチュアカメラ)革命の旗手です。ライカやコンタックスを手にした新しい世代の愛好家たちに向けて、最新の技術や実験的な手法を精力的に紹介していました [1]。Modern Photographyは1949年にMinicam Photographyを継承する形で誕生した、より現代的で総合的な写真専門誌です [2]。技術解説から写真批評、機材テストまでを網羅し、後のステレオ・ブームを牽引する重要なメディアとなりました。

Popular Photography 1937-05: Vol 1 Iss 1

Popular Photography

1937年の創刊以来、世界最大級の発行部数を誇った大衆向け写真雑誌です [3]。プロの技法をアマチュアにわかりやすく伝え、読者の投稿やコミュニティ活動を重視する姿勢で、写真文化の民主化に大きく貢献しました。

PSA Journal 1949-01: Vol 15 Iss 1

PSA Journal

1934年に設立されたアメリカ写真協会(PSA)の公式機関誌です。写真サロンの審査基準や技術規格、各部門の活動報告など、組織化された写真愛好家たちの権威ある記録を現代に伝えています [4]。

これらの誌面に刻まれた断片的な記録を繋ぎ合わせると、後のステレオ・リアリストが登場するまでの、ステレオ写真界における知られざる冬の時代と、そこからの近代化への胎動が見えてきます。

消えゆく受動的な鑑賞文化

19世紀の終わり、多くの家庭において、ステレオスコープは現代のテレビやインターネットに匹敵する最大のエンターテインメントでした。アンソニー社やアンダーウッド&アンダーウッド社といった大手パブリッシャーが、世界中の名所や歴史的な場面を捉えたステレオカードを何百万枚も印刷し、人々はそれをおじいちゃんの居間にあるような手持ちの鑑賞機で覗き込み、異国の地に思いを馳せていたのです。
しかし、この時代のステレオ写真は、あくまでプロが提供するイメージを消費するだけの受動的な文化でした。一般の人々が自分で立体写真を撮影するには、機材はあまりに巨大で、かつ取り扱いは困難を極めていました。やがて、より手軽なスナップ写真や映画という新しいメディアの台頭により、客間のステレオスコープは埃をかぶるようになります。ステレオ写真は、かつての栄光を失い、アンティークな趣味というレッテルを貼られたまま、長い停滞期へと入り込んでいくことになったのです [5]。

エリート・シューターに限定された精密機械の壁

20世紀に入り、写真技術は着実に進化を遂げましたが、ステレオ写真の世界は依然として高い壁に囲まれていました。フランスのヴェラスコープやドイツのハイデスコープといった、非常に精緻で美しいステレオカメラは存在していましたが、それらは決して大衆に向けられたものではありませんでした。
これらの機材は、主にガラス乾板や大型のカットフィルムを使用することを前提としていました。撮影者は、暗室で一枚一枚慎重に乾板を準備し、現像し、さらには左右の画像を正確な間隔で処理するという、高度な専門知識と熟練の技を求められたのです。
当時のステレオ写真は、言わばエリート・シューターたちのための特権的な趣味でした。医師や科学者、あるいは十分な資産と時間を持つ富裕層だけが、この重厚長大で精密な光学機器を操ることができました。彼らが作り出す立体像は素晴らしく鮮明でしたが、その制作プロセスはあまりに複雑で、一般のカメラ愛好家が手を出せる領域ではなかったのです [6]。

Le Vérascope n° 7b et 7bp 1913年に発行されたジュール・リシャール社(JULES RICHARD)の製品カタログより

タキシフォート 1913年に発行されたジュール・リシャール社(JULES RICHARD)の製品カタログより

1930年代:35mmブームの中で隅に追いやられた夢

ステレオ写真が冬の時代を過ごす一方で、写真界全体には大きな革命が押し寄せていました。それは、35mmフィルムを使用した小型カメラの普及です。Popular Photographyなどの誌面は、自分たちでシャッターを切り、暗室で試行錯誤するアマチュアたちの熱気で溢れていました [7]。
しかし、当時の雑誌の紙面をいくらめくっても、ステレオ写真が主役になることはほとんどありませんでした。主流派である単眼カメラ派の編集者や批評家たちは、ステレオ写真を過去の流行、あるいは科学的な記録には適しているが芸術的な表現力に欠けるトリックとして冷ややかに扱うバイアスを持っていました。奥行きの再現という純粋な欲求は、写真界の表舞台からは隅に追いやられていたのです。

立体への執着が生んだDIY精神と試行錯誤

それでも、世界を立体的に記録したいという人間の根源的な欲求を捨てきれない人々がいました。専用のステレオカメラが手に入らなくても、あるいは高価すぎて手が出せなくても、彼らは自分たちの手元にあるカメラを駆使して、なんとかして奥行きを再現しようと試みたのです。
当時の雑誌の片隅には、こうした愛好家たちの涙ぐましいDIYの記録が残っています。最も一般的な方法は、三脚にスライドバーを取り付け、カメラを数センチ横にずらして2回撮影する手法でした[8]。当然、これは静止物にしか使えませんでしたが、風景や建築物を立体的に捉えた時の感動は、単眼カメラでは決して味わえないものでした。
また、より野心的なアマチュアは、安価なカメラを2台並べて接着し、シャッターを無理やり連結させて同時撮影を行うなど、自作機に近い工夫を凝らしていました。規格もフォーマットもバラバラで、鑑賞するためには自作のビューワーや、時には鏡を複雑に配置した装置が必要でしたが、そこには撮る楽しみを見出した新しい表現者たちの熱気がありました。

アタッチメントの普及と市場の飢餓感

こうした立体写真への潜在的な欲求に目をつけたのが、ビームスプリッター式のアタッチメントでした。その代表格であるステレオ・タック(Stereo-Tach)は、通常のカメラのレンズの前に装着し、内部の鏡やプリズムを使って1コマのフィルムの中に左右の画像を分割して記録する装置です [9]。
このアタッチメントは、当時の広告ページで非常に盛んに宣伝されていました。専用機を持たなくても、手持ちのカメラで手軽にステレオ写真が撮れるという謳い文句は、奥行きに飢えていた愛好家たちに歓迎されました。画質や使い勝手の制約はありましたが、この装置の普及は、後のステレオ・ブームを引き起こすための重要な火種となったのです。
当時の記録を振り返ると、主流派から終わった娯楽と見なされていたステレオ写真は、実際には熱心なアマチュアたちの手によって、新しい器に盛り付けられる準備を着々と進めていたことがわかります。彼らが求めていたのは、客間に飾るための静止した芸術ではなく、自分の目で見たままの、鮮烈な記憶の追体験だったのです。

Minicam 1939-03: Vol 2 Iss 7

近代化への胎動:セトン・ロックワイトの登場

1940年代半ば、ステレオ写真界に一人の異端児が現れます。それが、セトン・ロックワイトです。彼は既存のカメラメーカーの人間ではなく、後にステレオ・リアリストを世に送り出すことになる測量機器メーカー、デヴィッド・ホワイト社の設計者でした。
この時期、世界は第二次世界大戦の荒波の中にありましたが、光学技術やフィルムの性能は飛躍的に向上していました。特にコダック社が開発したカラーリバーサルフィルム、コダクロームの登場は、ステレオ写真に色彩という最強の武器を与えることになります [10]。
セトン・ロックワイトは、従来の大型乾板や複雑な欧州製フォーマットに固執するのではなく、35mmカラーフィルムの特性を最大限に活かし、かつ誰でも失敗なく撮影できる新しいシステムの構想を練っていました。彼が目指したのは、単なるカメラの改良ではなく、ステレオ写真というメディア全体の近代化でした [11]。
この物語の続きは、いよいよステレオ・リアリストが誕生し、世界を再び立体視の魔法にかける第2回へと続いていきます。かつての停滞期に、不器用ながらも立体を撮り続けた名もなき愛好家たちの情熱があったからこそ、この革命は成功したのです。


脚注

[1] Minicam Photography 1945-12: Vol 9 Iss 4. 小型カメラを用いた最新技術の紹介に関する記述。
[2] Modern Photography 1949-09: Vol 13 Iss 1. Minicam Photographyを継承しての創刊に関する記録。
[3] Popular Photography 1937-05: Vol 1 Iss 1. 創刊号。
[4] PSA Journal 1949-01: Vol 15 Iss 1. アメリカ写真協会(PSA)の活動記録。
[5] Popular Photography 1942-07: Vol 11 Iss 1. ステレオ写真の歴史的背景と停滞に関する概説。
[6] Modern Photography 1955-01: Vol 19 Iss 1. ステレオ・リアリスト以前の複雑なステレオ写真制作プロセスへの言及。
[7] Popular Photography 1937-05: Vol 1 Iss 1. 35mm小型カメラ普及の熱気。
[8] PSA Journal 2002: Vol 68 Index. ステレオカメラを使用しない3D撮影(スライド法など)の技術的背景。
[9] Minicam 1939-03: Vol 2 Iss 7. ステレオアタッチメント「Stereo-Tach」の普及と広告。
[10] PSA Journal 1953-01: Vol 19 Iss 1. コダクロームとステレオ・リアリスト・フォーマットの規格化に関する議論。
[11] Modern Photography 1953-07: Vol 17 Iss 7. 35mmステレオカメラの歴史と近代化。


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