日本ステレオ写真史【第三部 転生】
ステレオ写真、デジタル時代に蘇る
戦前の日本で、吉川速男や萩原朔太郎といった情熱的な人々によって、世界でも類を見ないほど創造的なアマチュア文化として花開いたステレオ写真。しかし、その灯火は戦争と、その後の産業化の波の中で、一度は途絶えかけたように見えました。
戦後、日本のカメラ産業は世界一の座に上り詰めます。しかし皮肉なことに、ニコンやキヤノンといった大企業は、過去に国内で大きな市場がなかったステレオカメラには見向きもしませんでした。
アメリカでは35mmフィルムを使う「ステレオリアリスト」というカメラが登場し、世界的なステレオブームが起きますが、日本では一過性の流行に終わり、「文化的記憶」として根付くことはありませんでした。
産業界から見放され、戦前の豊かな文化との断絶が生まれてしまった日本のステレオ写真。しかし、その物語はここで終わりませんでした。アナログ時代の終わりと共に消えゆくかに見えた文化は、新たな世代の手によって再結集され、やがてデジタルという新しい肉体を得て、見事な「転生」を遂げることになるのです。
共同体の再建、そして「30年周期説」

途絶えかけた文化のバトンを拾い上げたのは、あの「文化の設計者」吉川速男の孫、島和也(しま かずや)氏でした。彼は1979年に『ステレオ写真入門』を刊行し、祖父が築いたDIY精神を現代に蘇らせます。この一冊の本が、散り散りになっていた愛好家たちを再び繋ぐ礎となりました。

そして1982年、島氏を中心に「日本アマチュアステレオ写真研究会(J.A.S.P.A)」が発足します。彼らは、自分たちの愛するメディアが、およそ30年の周期でブームと衰退を繰り返してきたことを知っていました。彼らはこれを「30年周期説」と呼び、次の波に備えて、意識的に共同体を再建しようとしたのです。
ハードウェアからの解放、「脳内リゾート開発」へ
80年代、J.A.S.P.Aの会員たちは「ないなら作る」の精神で、市販のカメラを改造して自作のステレオカメラを作るなど、アナログなDIY文化を守り続けました。しかし、時代は大きな転換点を迎えようとしていました。パーソナルコンピュータの登場です。
機材の改造を中心とする文化は、デジタルネイティブの若い世代には必ずしも響きませんでした。この世代間の断絶を乗り越え、ステレオ文化を新たな次元へと導いたのが、特別な装置を必要としない「裸眼立体視」でした。

その思想的リーダーとなったのが、前衛芸術家で文筆家の赤瀬川原平氏です。彼は、一見すると砂嵐のような画像の中に立体像が浮かび上がる「ランダム・ドット・ステレオグラム」の体験を、「脳内リゾート開発」と名付けました。物理的な移動や消費を伴わずに、精神の内部に豊かなリゾートを開発する、内面的な実践。この哲学的な裏付けを得て、裸眼立体視は1990年代に「マジック・アイ」として社会現象となり、日本で唯一、ステレオが大衆的なブームを巻き起こしたのです。
ついに、ステレオ写真は高価なカメラやビューワーという「ハードウェア」の制約から解放されました。

デジタルDIY革命と世界の再接続
「脳内」という新しいフロンティアを手に入れたステレオ文化。この精神的な革命を、誰もが実践できる具体的な「道具」へと落とし込み、世界中の愛好家たちと再び接続したのが、一人の日本人アマチュアプログラマー、須藤益司(すどう ますじ)氏でした。

彼は2002年、フリーウェア「StereoPhoto Maker」を公開します。このソフトウェアが起こした革命は、まさに劇的でした。アナログ時代、熟練の技術を要した最も困難な工程「マウンティング(台紙貼り)」を、誰でもワンクリックで、しかも高精度に自動で行えるようにしたのです。
この画期的なツールは瞬く間に世界中に広まり、デジタル時代のステレオ写真制作における世界標準となりました。須藤氏の活動は、吉川速男が夢見た「ないものは作る」DIY文化を、国境を越える力を持つものへと進化させたのです。

彼の功績は世界的に高く評価され、英国王立写真協会をはじめ、数々の国際的な賞を受賞しました。かつて世界の主流から外れていた日本のステレオ文化が、一人のアマチュアの手によって、再び世界と接続された瞬間でした。しかし、その世界的評価の高さとは裏腹に、この快挙が日本の主要なカメラ雑誌や写真界で大きく取り上げられることはありませんでした。それはまるで、かつて大手カメラメーカーがステレオカメラ市場に背を向けた歴史の繰り返しでもありました。
ゾンビはVRの中で生き続ける
そして現在。ステレオスコープの原理は、「バーチャルリアリティ(VR)」という形で、私たちの日常に再び姿を現しています。Apple社が発表した「Vision Pro」では、日常の思い出を立体映像として再体験する「Spatial Memories(空間の記憶)」という機能が搭載されました。これは、かつて萩原朔太郎が「魂の鏡」として求めた、失われた時間を取り戻す体験そのものと言えるかもしれません。
西洋で生まれ、日本では商業的に成功せず、アマチュアの情熱によって独自の文化として継承され、やがてデジタル時代に世界と再接続して転生を遂げた、日本のステレオ写真。その物語は、一つのメディアが、時代や技術の変化の中で、いかにしぶとく、そして創造的に生き延びていくかを見事に示しています。
まるで、何度も形を変えて蘇るゾンビのように。その不思議で力強い旅は、これからも新しいテクノロジーをその身にまといながら、続いていくことでしょう。終わり

