さよならの日を過ぎても。
今年に入ってから、何度か大事な人たちを天国に見送っている。
それでつい最近、私の大好きなおばあが天国にいってしまった。
もうだいたい100歳で、大往生だったと思う。ピンピンコロリを体現するような亡くなり方だった。
3日前まで元気にテレビ電話していたのになぁと思う。本当に急にいなくなってしまった。
いろんなところからおばあの子どもや孫、ひ孫たちが続々と集まって、それはもう賑やかだった。
みんなが笑っておばあの思い出話をして、死に化粧をしたおばあを綺麗だねと言った。まるで眠っているみたいで、今にも起きそうだと。でも、そう言うみんなもおばあが二度と起きてこないことを知っているから、そう言ったあと少し悲しそうに唇を噛んだ。
みんながそれぞれ悲しんでいた。
遺影のおばあは少しはにかんだ感じで可愛くて、いい写真だった。
選ばれたその写真で、おばあがみんなからどう思われていたか分かる気がした。
いつもニコニコしていた、いつだって味方でいてくれた。
私たち孫の中でもいつもおちゃらけていて、明るいムードメーカー的な存在の子が別れ花を手に持って顔を歪めて泣いていた。
声も出さずに、食いしばるようにして、涙だけがボロボロとこぼれていた。
見れん、とだけ言って立ち尽くしていた。
歳を取ったから、それなりに覚悟をしていたけど、想像以上におばあとの別れが悲しかったんだと思う。
実際におばあはもう歳だからねという言葉も、寿命だから仕方ない、よく頑張ったよという言葉も、誰かが口にしたし、私も口にしてみたけれど、なんの慰めにもならなかった。
うまく言えないけど、実際言葉にするとそうじゃない感があった。
みんな本当に悲しんで、それでもちゃんと見送った。残された私たちにはそれしかできないから。
ここまで生き抜いてきたおばあに、いかないでとか早すぎるとかそんな言葉はかけられない。みんながありがとうと思っていた。でも、寂しいものは寂しい。天寿を全うしたとしても、残される人は寂しくて、その衝撃に傷付く。
寂しかった。ただ本当に寂しかった。
おばあは私たちの親代わりでもあったから。みんなそれぞれおばあに育ててもらったから。多感な時期に私たちはみんなおばあに守られていた。だからやっぱり、大人になっても、親になっても、おばあを前にするとただの孫に戻ってしまう。
私の親は厳しくて、どこか否定的なところのある人だから、おばあといると心地よかった。
小さい頃に腕枕も膝枕も、泣き止むまで抱きしめてくれたのも全部おばあで、学校に馴染めない私が逃げ込む場所もおばあのところだった。今振り返っても、おばあがいたからここまで生きてこれたと思う。また自分の人生の一部がどこか欠けてしまった。
誰かが亡くなるとき、満たされることはない。すっぽり欠けてしまう。
なにかが代わりになることはないから、欠けたまま、その心のまま生きていくことになる。それが弱さにもなるし、強さにもなるような気がする。
大人って、子どもが思うよりも強がって生きているものだなと大人になると分かる。
おばあは天国に行ってしまった。
そこが穏やかな世界であってほしい。
もう苦しいこともなく、のんびり笑っていてほしい。
おばあの人生で、私が知っているのはたった少しだと思う。いろんなことがあって、人生の途中で私が登場して、そんなぽっとでの私をおばあは自分の宝物だと可愛がってくれた。
私はそれを当たり前のように受け入れて、今、同じことを二人の子どもにしている。おばあのおかげだと思う、感謝している。
だから、生きていてくれるだけでよかったのになと思う。ただそれだけで、私の支えだった。いなくなってしまったあとも、それは変わらないことに気付いている。
あまりにも悲しいから書いてみようと思ったけど、泣いてしまってやっぱりまだうまく書けない。
ほんとうに出会った者に別れはこないというのは本当だと思う。
でも、あーあ、本当にいなくなっちゃったな、という感じだ。嫌だなぁと思っている。寂しいし、でも、だからと言っておばあは生き返らないのだから、私はあるかどうかも分からないあの世を信じて、おばあの幸せを祈るしかない。
まとまりはないけど、今回はここまで。
