通訳も辞書もない時代の異言語の交流はどうやって?
いや、どうやったのかなぁと思って。
Aという言語で会話も筆記もするAという人がいて、そこから遠く、Bという言語で会話も筆記もするBという人がいました。
ある日お互いの旅人同士が出会いました。
もちろん会話は成り立ちません。そりゃそやろね。
「いい天気だね」も通じなければ「りんご食べる?」も通じないのです。もちろん書いても伝わらず、音声にしても伝わらない。
「お前ジロジロこっちを見やがってなめとんのか?おん?」といくら喋りかけても「ああなんか優しそうに挨拶してるよあの人」とか思われちゃうかもしれないのです。
辞書も通訳の人もいないとまったく理解できないはずなんですよ。いやまぁ怒ってる顔とか笑ってる顔である程度は分かるかもしれないんですけど。
僕がいきなりスワヒリ語で話しかけられるようなもんです。いや、もしかしたらスワヒリ語が詳しい人がこのnoteを見てるかもしれませんが、その方は他の知らない言語だったとしてみてください。
もしかしたらそこから一つ一つ照らし合わせる作業が始まります。
おそらく単語から、でしょうね。
日本人が指さして「りんご」という。
スワヒリ語の人がそれを指をさして「Tofaa(トファア)」という。
するとお互いに「ああ、りんご=トファアなんだ」とわかる。
それをもしかしてすべての単語でやらなきゃいけないんですよね。
言語ってすごい。翻訳ってすごい。えっ、賢い人がやったのかなやっぱり。

自分を指さして「私はサキです」という。
相手は自分を指さして「Mimi ni Saki」という。
すると「ああ、眼の前にいる人はサキっていうんだ」となる。
それを延々としたから翻訳されて辞書があるから異言語でも理解できるんですよね。
ちなみに今書いた「Mimi ni Saki」は発音してもそのまま「ミミニサキ」って聞こえる。これがサキではなく「タコ」だったら「ミミニタコ」になってなんだか田代まさしを思い出す。いや、意味は特にない。
そういえば「バベルの塔」の話。
ノアの箱舟のときに人類はノアとその家族しかいなくなってしまって、地上に降り立ったノアの一族が広がっていって人類がまた増えてきた。
調子に乗った?ノアの子孫たちは「天にまで届いちゃうような塔を作ろうぜ」とかいい出して神の怒りをかってしまい、お互いに会話ができなくなるように言語をバラバラにしてしまった、ってやつ。
その話も面白いよねー。
日本語ですら端っこと端っこでは全然ちがったりするでしょ、方言。東北の人と薩摩の人では全然通じない、的な。
でも柳田國男の「方言周圏論」っていうのがあって、日本の方言は京都を中心に同じくらい離れていると方言も似てるよ、っていう。
Wikipediaもあるよー。
柳田は日本語の蝸牛(かぎゅう)を指す方言が、近畿地方では「デデムシ」、中部地方や中国地方で「マイマイ」、関東地方や四国で「カタツムリ」、東北地方と九州の一部で「ツブリ」、東北地方北部と九州西部では「ナメクジ」と、近畿地方を中心として同じ方言が同心円状に分布することを発見した。そこで、かつて文化的中心地であった京都では古い順から、ナメクジ、ツブリ、カタツムリ、マイマイ、デデムシのように変化したことから、その時系列と比例して東西南北へ放射状に拡がったものと推定した。
東京の言葉と広島の言葉、ちょっと似てるんですよね。
大学の先輩と後輩があのへんとあのへんで喋ってると違和感が無かったりして。
大学のときにそんなことを勉強してたんですけど(文学部国語学専攻)30年も経っちゃうと忘れちゃいますね。
だからなんなん?って?
いやそんなの私にもわからないですよ。指が勝手に動いただけだもん(笑)
今だったら翻訳アプリとかAIの同時通訳とかいろいろあるけど。おそらくとんでもなくびっくりするような年月を重ねて翻訳って進んでいったんでしょうね。
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