見出し画像

ためらいジャンプ、とぷんゆき|saki

一年で最も暑さが厳しいとされるこの時期は、体温を超える高熱を叩き出す気温に身体は悲鳴をあげる。大袈裟と笑えない生命の危機さえ感じるほどだ。

街育ちで雄大な自然がある田舎に帰った記憶も数えるほどしかないけれど、海も山も街もあるこの土地に運ばれて、今年で十年になる。

毎年、夏になると家族と川に行くのが恒例行事。川遊びは我が家の夏の風物詩だ。
ひとたび川に足を浸ければ、お日様が照って纏った蒸し暑さや滴る汗は一瞬で引っこ抜かれ、熱は冷める。川の水はそれほど冷たく、木々が生え茂る森は、真夏でも温度や湿度がちょうどいい。息が上がり荒くなっていた呼吸も、いつのまにかゆったり深くなる。

ある日、台風の影響で土砂崩れが起きて道が通行止めとなり、川遊びができなかったことがあった。肩を落として帰るだけでは火照った身体どころか、心まで熱を帯びるばかり。川沿いを車走らせ、"ここは川遊びできそう"と、センサーが触れた心の地図に目印をつけていく。

テントを張り寝転んでくつろげるスペースがあるか、石や岩の位置や山の傾斜を見て川の流れが急すぎず速すぎないか、膝丈ほどの浅瀬があり広すぎず狭すぎないか。《川遊びの見極めポイント》をすべて満たした、幾つかの絶好スポットに出会った。

自然は抱かれる安心感がある。その一方で目に見える植物や昆虫などの生態だけでなく、未だかつてみたことも触れたこともない小さき生き物たちも確かにいて、ツンツン、チクチクと身体に突撃される。特段虫や魚に興味があるわけでも、触れるほど好きなわけでもないわたしは、腰は引けて怖気づく。

目に見えないものを何とか捉えようと感覚フル稼働して、警戒心や洞察力は勝っていく。脚まで浸かることはできても川に顔をつけることや全身浸かる、まして泳ぐなんて以ての外でできるわけがない。
(子どもの頃は、どうやって遊んでいたのだろう。)と立ちすくんでいるうちに、足先からどんどん冷えて、寒さすら感じてくる。

泳がなくてもただテントの中で息を潜めていると、無数の生き物やあらゆるもののけはいを感知しつつ、強張る心身の緊張はほどかれて蝉や蜩の声はだんだんと遠くなり、深い眠りに就いている。

川で存分に遊びたい。けど、畏い。
何もせず自然にただ、怯むばかり。
一体何に抵抗していたのか。むしろ、寝息を立てている。

眠りから覚めたわたしは、川に飛び込んでいた。

揺さぶりさえ未だ見ぬ自分をあやす、ゆりかごだった。



いいなと思ったら応援しよう!

HAKKOU(はっこう)/リレーエッセイ 目に留めてくださり、ありがとうございます。 いただいたお気持ちがとても励みになります! また還元できるよう日々に向き合っていきます。

この記事が参加している募集