企画小説|投げやりな恋 #アマノ文筆クラブ (1800文字)
コンビニの灯りの下で、あいつがしゃがみ込んでいた。両手でスマホを握りしめて、じっと見つめている。泣いたあとみたいに、まぶたが赤い。
「……泣いた?」
「泣いてない」
嘘だと、声の揺れでわかる。
缶コーヒーを二つ買って、ひとつ差し出した。受け取る手が少し震えている。夜の空気は冷たくて、缶の熱だけがやけに現実だった。
「彼氏とケンカでもしたのか?」
「違う、別れちゃった」
そう言って笑う。泣き顔のまま、笑うなよ。そう言いかけて、やめた。
あいつが誰かを好きになったと聞いた日のことを思い出す。あのときも、笑って「へぇ、よかったじゃん」と言った。そのあと、家に帰って飲んだコーヒーは、味しかしなかった。
「なんか、恋愛ってめんどくさいね」
「だろ。報われねぇしな」
俺が言うと、あいつは苦笑いして、缶のふたをいじった。
「私、向いてないんだと思う。好きになるたびに、自分のことが嫌いになる」
「それ、恋してるヤツはみんな言うんだよ」
「……あんたも?」
「さぁな」
返す言葉が遅れた。
「ねぇ、なんで彼女作らないの?」
「あ?」
「前から思ってた。……あんた、そういうの避けてるでしょ」
「そうかもな」
「なんで?」
少し考えて、言葉を選ぶ。
「作ってたら、誰がフラれて泣くお前を慰めるんだよ」
「……なにそれ、キザ。慰めてるつもり?」
そう言いながら、笑って泣いていた。
夜風が少し強くなった。髪が揺れて、あいつの横顔が一瞬、街灯に照らされる。あぁ、きれいだなと思って、すぐにその考えを消す。
「ねぇ、覚えてる? 中学の文化祭のとき」
「何を?」
「教室の後ろで、告白されたの。男子に」
「あぁ……あったな」
「そのとき、あんた怒りながら笑って『人気者だな』って言ったでしょ」
「言ったっけ」
「うん。でも、あのあと――あの子を振ったって聞いたとき、なんか、機嫌が良くなってたよね」
「そうか?」
「うん。なんか今、そのときと同じ顔してる」
そう言って、あいつは缶コーヒーを唇に運んだ。湯気はもうほとんど消えていた。空になった缶を両手で包みながら、あいつはぼそりとつぶやく。
「そういうの、ずるいよね」
「何が」
「そうやって、いつも黙って見てるくせに。気づいたときには、もう遠くに行っちゃってるんだもん」
冗談みたいな口調なのに、笑っていない顔をしていた。俺は視線を落としたまま、缶を転がす。中で、最後の一滴が音を立てた。
「……気づいてんのか?なら、知らないふりすんなよ」
「何を?」
「ああ、もういい!」
言ってから、少しだけ後悔した。あいつの横顔が、夜風でほどけた髪の向こうに揺れる。何か言いかけたように唇が動いたけど、声にはならなかった。
沈黙が降りる。その静けさの中で、自分の鼓動だけがやけにうるさい。
“何を”と聞かれて、答えられなかったのは、たぶん俺のほうが怖かったからだ。
風が吹く。街路樹の葉が揺れて、どこか遠くで電車の音がした。
あいつの髪が頬にかかり、月明かりの下で揺れた。その瞬間、ふと、胸の奥で何かがざわついた。
「……もう帰る」
静かな声だった。
「送ってく」
「いいよ、近いし」
立ち上がったあいつは、手に持った缶をゴミ箱に入れた。
金属音が、夜の中でやけに響いた。
「ありがと。話、聞いてくれて」
「失恋くらい、いつでも俺が聞いてやるよ」
そう言うと、あいつは振り返らずに歩き出した。街灯の光に溶けていく背中を、俺はただ見送っていた。
白い靴がアスファルトを踏む音。それが遠ざかるたびに、胸の奥がきしむ。けれど、足は動かなかった。そのときだった。
「……あんたさ」
小さく届いた声に、顔を上げる。
あいつは振り向かずに、肩越しに言った。
「ほんと、鈍いんだから。いつまで私をガキのままだと思ってるの?」
その声には、少しだけ泣き笑いが混じっていた。風に流されるような一言だったのに、胸の奥に深く突き刺さる。
あいつの髪が揺れる。その肩が、ほんのわずかに震えたように見えた。
――あの言い方。あの声。
息を呑む。頭より先に心が動いた。そうか。ずっと、俺を“男として”見てたんだ。気づいていなかったのは、俺のほうだった。
息を吸う。冷たい夜気が喉を焼く。気づいた瞬間、世界が一度だけ静止した。次の瞬間、俺は走り出していた。
アスファルトを蹴る音が、夜の街に響く。名前を呼ぶ声が、息よりも早く飛び出した。振り返る影が、街灯の下でゆっくりと止まる。その顔が見えた瞬間、胸の中で何かが弾けた。
もう、投げやりな恋は終わりだ。ちゃんと掴みにいく。あいつの隣で、胸を張って。
甘野さん参加させていただきます。なんかめちゃくちゃ私好みのショートが書けた。胸キュン!好物!
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