インフルエンザで起こる「熱せん妄」と「インフルエンザ脳症」の違い
こんにちは。小児科医のひろです。
インフルエンザにかかった子どもが、高熱のさなかに普段しない奇妙な言動や行動を見せることがあります。例えば、突然意味不明なことを話し出したり、怖がって泣き叫んだり、急に走り出そうとしたりすることです。「熱せん妄(ねつせんもう)」と呼ばれるこの状態は、インフルエンザなどで高熱が出たときに子どもに起こり得る一時的な混乱状態です。
初めて目にすると「頭がおかしくなったのでは?」と親御さんはとても心配になるでしょう。また、稀に起こる重篤な合併症「インフルエンザ脳症」の可能性を不安視する方も多いです。
今回は、このインフルエンザ時の熱せん妄(異常行動)は危険なのか、安全に乗り切るにはどうすればいいのか、「インフルエンザ脳症」との違いは何なのかを解説していきます。
1. 熱せん妄ってどんな症状?
熱せん妄とは、高熱によって一時的に意識が混乱し、異常な言動や行動が現れる状態です。
インフルエンザ以外の高熱の病気(突発性発疹やアデノウイルス感染など)でも起こる可能性がありますが、インフルエンザは突然39~40℃近い高熱になることが多いため、熱せん妄が起こりやすい傾向があります。
特に発熱から1~2日以内、熱が急に上がったときや夜間・明け方などに起こりやすいとされています。
では、実際に熱せん妄になると子どもはどんな様子になるのでしょうか。典型的な例をいくつか挙げます。
① 幻覚・幻視を見る
「天井に虫がいっぱいいる!」「知らない人が部屋にいる!」など、実際にはないものが見えたり聞こえたりして怯えます。
② 意味不明の言動
急にアニメのセリフを叫んだり、会話が成り立たない支離滅裂なことを口にします。
③ 興奮や恐怖で暴れる
何かに追われているかのように泣き叫び、周囲が見えずに暴れたりします。
④ 突然走り出す
突然立ち上がって部屋から出ようとしたり、窓を開けてベランダに出て飛び降りようとするケースも報告されています。
⑤ 人や場所が分からなくなる
親の顔が分からなくなったり、ここが自宅だと認識できなくなって混乱します。
こうした症状は一見とても驚くものですが、熱せん妄はあくまで一時的なものです。高熱で脳が一時的にオーバーヒートし、夢と現実の区別がつかなくなった状態と考えられています。
実際、専門家の報告でも「今回の症例の異常言動・行動は熱せん妄と考えられる。また、一過性のせん妄(熱せん妄)は小児のインフルエンザ神経合併症としてまれではない」と述べられており、インフルエンザのとき子どもに比較的よく見られる現象だと考えられています。
2. 熱せん妄はなぜ起こるのか?
熱せん妄が起こる詳しいメカニズムは完全には解明されていませんが、急激な高熱による脳の一時的な機能混乱が大きな原因と考えられています。
子どもの脳はまだ発達途中でとてもデリケートです。40℃近い熱が出ると脳内で情報伝達にかかわる物質(ノルアドレナリンやドーパミンなど)のバランスが崩れ、脳がオーバーヒートしたような状態になることがあります。
このため、現実と夢の区別がつかなくなり、見るはずのないものが見えたり、わけのわからない恐怖に襲われたりすると考えられます。
一方で、「インフルエンザ治療薬(特にタミフル)を飲むと子どもが異常行動を起こす」という話を聞いたことがある方も多いでしょう。2007年前後には、日本でインフルエンザにかかった少年少女がタミフル服用後にベランダから飛び降りてしまう事故が相次ぎ、大きな社会問題になりました。このため当時、10代へのタミフル使用が一時的に制限されたほどです。
しかし、その後日本を含む世界中で大規模な調査研究が行われた結果、インフルエンザ時の異常行動は薬を飲んだかどうかに関係なく起こりうることがわかりました。
厚生労働省の研究班の検討でも、「インフルエンザ罹患後の異常行動はオセルタミビル(タミフル)使用者に限った現象ではない」と結論づけられています。実際、2010~2018年に報告されたインフルエンザ時の異常行動による重大事故95件のうち、約2割は抗インフルエンザ薬を服用していないケースでした。このことからも薬の副作用だけが原因ではないと考えられます。
現在では、日本小児科学会のインフルエンザ治療指針にも「抗インフルエンザ薬の服用の有無や種類にかかわらず、インフルエンザ罹患時には異常行動が報告されている」と明記されています。
3. 熱せん妄は「危険」?
結論から言えば、熱せん妄そのものは一時的な現象で、多くの場合は命に関わるような後遺症を残しません。熱が下がれば元の意識状態に戻るからです。お子さんが突然うわ言を言い出したとしても、「一時的なものだ」「また元に戻る」と落ち着いて受け止めることが大切です。
しかし、「危険ではない」と言い切れない側面もあります。それは、熱せん妄中の異常行動によって思わぬ事故が起こるリスクです。
先ほど例に挙げたように、異常行動の中には窓からベランダに出て飛び降りようとする、夜中に家から外へ飛び出してしまうといった非常に危険なケースも報告されています。
熱せん妄の最中は子ども自身も「自分が何をしているのかわからない夢うつつの状態」なので、大人が制止しようとしても振り払って走り出してしまうこともあります。
こうした事故を防ぐために、厚生労働省および日本小児科学会の公式ガイドラインでは、「発熱から少なくとも2日間は、小児・未成年者を一人にせず、保護者は異常行動による転落等の重大事故防止策を講じること」と強く注意喚起しています。
具体的な対策としては以下のようなものがあります。
① 必ず子どもから目を離さない
特に夜間就寝中もできれば付き添い、突然起き上がらないか見守りましょう。
② 窓やベランダ・玄関の施錠徹底
全ての窓に内鍵やチェーンロックがあれば使い、開かないようにします。マンションの場合は特に窓の鍵を厳重に。
③ 寝る部屋の工夫する
可能であれば1階の部屋、またはベランダに面していない部屋で寝かせます。窓に格子がある部屋があれば安心です。高層階にお住まいなら、なお一層の注意を払ってください。
幸い、インフルエンザの発熱による異常行動が起きるのは多くは熱が出てから最初の1~2日以内です。
裏を返せば、その発熱直後の峠をしっかり見守ることで重大事故のリスクはぐっと減らせます。
4. ごくまれに起こる重篤な合併症「インフルエンザ脳症」との違いは?
熱せん妄自体は一時的で後遺症のないことがほとんどですが、ごくまれにインフルエンザに伴って「インフルエンザ脳症」という重い合併症が起こることがあります。
脳症とはウイルス感染をきっかけに体の免疫システムが暴走し、脳に強い炎症が起きてしまう状態です。
インフルエンザ脳症ではウイルス自体が脳を破壊するのではなく、感染に対する過剰な免疫反応(いわゆるサイトカインストーム)によって脳全体が腫れ上がり、急速に重篤な症状が進行します。
インフルエンザ脳症は非常に稀な病気ですが、特に5歳以下の乳幼児に起こりやすいとされています。近年は治療法の進歩によって救命率が改善してきたものの、それでも致死率は5~10%程度と報告されており、決してゼロではありません。さらに、助かった場合でも約25%(4人に1人)のお子さんに発達の遅れやてんかん、運動麻痺など重い後遺症が残る可能性がある怖い病気です。
ただし繰り返しますが、インフルエンザ脳症は発熱に伴う熱せん妄とは全く別の病気であり、発生頻度も極めて低いです。多くの親御さんにとって過度に心配する必要はありません。とはいえ、万一のため熱せん妄と脳症の見分け方を知っておくことは大切です。
初期症状が似ている場合もありますが、脳症では症状がどんどん悪化していく点が決定的に違います。
次のような危険なサインがあるときは、熱せん妄ではなく脳症の可能性を考えてください。
① 意識障害が持続する
熱せん妄の場合、異常言動はせいぜい数分~十数分で一時的に治まり、熱が下がれば意識もしっかりします。しかし脳症では、解熱しても意識がもうろうとしたままはっきりしません。呼びかけにも全く反応がなく、ウトウトして起きてこない状態が続きます。
② 長引く or 反復するけいれん
普通の熱性けいれんは5分以内に止まることが多いですが、脳症では5分以上けいれんが止まらないか、いったん止まっても何度も繰り返します。手足の動きが左右で非対称になることも特徴です。
③ 異常行動が長く続く
熱せん妄では一時的に「怖い!」と怯えて暴れても、しばらくすると落ち着いて眠りに入ることが多いです。しかし脳症の場合、意味不明な言動や意識混濁が30分以上ダラダラと続くことがあります。
④ 激しい嘔吐を繰り返す
脳が腫れて圧力が高まると激しい頭痛とともに噴水のような嘔吐を何度も繰り返すことがあります。高熱時の吐き気は珍しくありませんが、明らかに異常な頻度・勢いの嘔吐には注意が必要です。
上記のような脳症を疑うサインが見られた場合は、ためらわずすぐに救急車を呼ぶか救急病院を受診してください。
インフルエンザ脳症は発症からわずか数時間~1日で命に関わる状態に進行し得るため、一刻も早い治療開始が重要です。
インフルエンザ脳症については下記の記事もご参照ください。
5. まとめ
インフルエンザにかかった子どもの「異常行動(熱せん妄)」は、親御さんにとって非常に心配な現象です。
しかしその多くは高熱による一時的な混乱であり、熱さえ下がれば元通りになるケースがほとんどです。
まずは「熱せん妄自体は一時的なもの」と知って、過度に恐れすぎないことが大切です。
一方で、熱せん妄の最中は思わぬ事故の危険も伴います。「発熱から最初の2日間」はとくに注意が必要と心得て、できる限りお子さんを一人にしないようにしましょう。窓や扉の施錠を徹底し、安全な環境で見守ることで大事を防げます。
そして万一、お子さんの様子に普段の熱とは違う深刻な兆候(意識が戻らない、けいれんが長い、繰り返す嘔吐など)を感じたときは、ためらわずに医療機関へ連絡・受診してください。インフルエンザ脳症はまれに起こることもあり、早期対応が肝心です。
最後に、インフルエンザそのものの予防や重症化予防も忘れずに行いましょう。インフルエンザワクチンの接種は重い合併症(肺炎や脳症)のリスクを大幅に減らす効果が報告されています。
インフルエンザワクチンについては、下記の記事もご参照ください。
ご家族全員でワクチンを受け、日頃から手洗い・うがいを徹底することがお子さんを守る第一歩です。
インフルエンザによる熱せん妄は決して親御さんのせいではありません。誰でも起こり得るものです。「一時的なもの」と落ち着いて受け止め、安全に配慮しながら見守ることで、きっと乗り越えられます。もし心配な症状が続く場合は遠慮なく医師に相談してください。
