韓国学校の日本人
韓国系の民族学校といえば韓国にルーツのある在日しか通わないのではないかと思われがちである。しかし、韓国語を身に着けられること以外の利点が特に思い浮かばない、しかもそれが当事者に利点とも認識されない今日にあって、在日が民族学校に通わせる理由がなく、在日以外のバックボーンをもった生徒が学年の半数以上を占めている。
僕が通っていたときにいちばん多かったのは、日本生まれの在日三世、四世ではなく、本人もしくは親が韓国出身のニューカマーだった。彼らの語学力には目を張るものがあり、日韓両言語をネイティブのように操ってはいたものの、どちらの言語が母語であるかは人それぞれだった。
日本に数校しかない韓国学校は東京にあるもの以外は一条校と呼ばれている。民族学校ではあるが日本の教育制度に則っており、在日の学校であるというだけで入学者に条件は設けない。高校野球での京都国際高校の活躍で有名になったため、日本人でも入学できることが知られている。
僕の通っていた建国学校は女子バレーボールが強く、そのために入学してくる日本人の女子が学年に5、6人はいた。卒業後も大学や実業団でプレーを続ける人も多く、韓国のチームとの交流に民族学校で身に着けた韓国語が役に立ったという記事を目にしたことがある。
彼女らはバレーボールだけでなく韓国語もよくできた。韓国語に限らず勉強もよくしていたというべきか、そもそもの成績もよかった。
さいきんは韓国語を勉強したいとか韓国にかかわりたいと入学してくる日本人生徒が多いと聞いたが、僕がいたときはそのような日本人生徒は学年に2人ほどいただけだった。彼女らは総じて韓国語に対するモチベーションが高い。「韓国」が好きなのだから当たり前である。僕の学年にいたそのような韓国好き女子ふたりは韓国の大学に進学し、僕の知る限りずっと韓国に住んでいるはずだ。
興味深かったのは、保護者から韓国学校への進学を反対されたということ路だろうか。民族学校というところは日本人からみればなにをしているのかよくわからない異質な場所である。いや、それは民族学校と関係なく生きている在日にとってもそうだろう。韓国語が勉強したい、だけのモチベーションで偏差値がつくかつかないかどうかわからない民族学校に行くのはどうなのかと止める気持ちはわかる。
結果的に僕の同級生たちにかんしていえば、韓国とのかかわりという面においては本人たちの希望通りの進路や人生を歩めていることになるのではないかと思う。在日の僕らが韓国語を忘れ、韓国と関係なく生活しているいま、彼女らが日韓を繋ぐ架け橋として活躍しているようだ。
教員も在日もしくは韓国出身のニューカマーであったが、日本人の先生も何人かいた。大学院で韓国のことを研究していたとか、配偶者が韓国人だとか、交換留学で韓国に留学していたとか、韓国と何かしらの関係がある人が多い。
とはいえ、なかには韓国とまったく関係のない先生もいた。近くに住んでいて週に数回来るだけの非常勤の先生はだいたいそうだったし、常勤の先生でも「たまたま求人があった」と採用されて何十年もいる先生もいた。教員のプライベートを書くのも憚れるが、韓国学校に来たがために在日の人と結婚した日本人の先生もいる。
非常勤の古典の先生はいっけん韓国とまったく関係がなさそうな日本人の先生であるかと思われた。ある日、下の階から流暢な韓国語で怒る声が聞こえてきたのだが、聞いたことがない声だったので誰かと思ってみるとその古典の先生だった。別の日にそのことを尋ねると「大学の交換留学で釜山にいた」と笑いながら言っていた。知らないだけでいろいろなかたちで韓国とかかわりがあるという人もいたようだ。
先にさらっと述べたが、民族学校には偏差値がつかない。大阪府の高校の偏差値リストみたいなものを見ると最底辺に位置しているのだが、進学指導よりも民族教育が優先されるためによほどでなければ生徒を選抜しないことが理由として挙げられる。
なので、数学Bの試験で0点をたたき出す高校を卒業できるかどうか怪しい僕みたいな奴もいれば、同じクラスには京都大学やソウル大学が射程圏内だという生徒もいる。しかも人数が少ないものだから、習熟度別に細かくクラスを分けられるほかの学校と比べてかなりやりにくかったのではないかと思う。
その学校に入学する理由なんて何だっていいのだ。バレーボールをしに来ていても、本国にしか目が向いていなくても、3年、6年と過ごせば日韓のあいだにすっぽりと落ちてしまったような、在日という存在を知ることになる。「在日史」なんて授業があったほどだ。彼女らはきっといまも在日といえばぴんとくるはずだろう。
先ほどからなんども言及しているが、生徒にしろ先生にしろ日本人のほうが在日よりも韓国語が上手かった。もちろん在日でもネイティブ並みに韓国語ができる生徒もいたが、韓国語に対しての意識が低いのもだいたいは在日の生徒である。「自分たちの学校」だからとあぐらをかいていたのかもしれない。
バレーボールに韓国が好きという女子生徒(いまなら「韓国が好きなバレーボール部」もいるだろうか)と、なにかしら韓国にかかわりがある日本人の先生たち。民族学校はたしかに在日の学校としてはじまったが、多くの日本人にも支えられている。
