【反省】優しさの説得力を学んだ日
こんにちは、愚直くんと申します。
普段は自身の挑戦や気づき、学びを発信しています。
今回は自身を客観視出来ていなかった反省と、
noteを通じて感じた「人の温かみ」に触れつつ、
独白に近い形式で書いていきます。
最近は他のクリエイター様の記事紹介や、10月のチャレンジ日報もフォーマット化してお届けしていましたが、考えに考えた結果、本日はお休みにします🙇♂️
いつも以上に「誰かに何かを与えたい」がすっぽりと抜けた記事ですが、「全ての過程を見せる」という愚直くんとしての信条から、今の気持ちを語ります。
現在進行形の失敗、反省なので、少し陰鬱かもしれません💦
(少し本業の面での体力疲れと、沢山の方にお気遣いさせてしまったり、迷惑をかけた多大な申し訳なさはありますが、本人はちゃんと元気です!🙆♂️)
それでも、僕と日頃関わってくれる方へ、ここ最近の自分の行動が不可解で、何を考えているかの説明義務があると思うので、よろしければご覧ください🙇♂️
「無理しないでね」
最近、よくそう言われるようになりました。
その言葉を聞くたびに、胸の奥が少し痛みます。
ありがたい言葉なのに、素直に受け取れない。
それはきっと、僕が本当は“無理している”と分かっていたからです。
僕は昔から、人の目を気にして生きてきました。
「嫌われたくない」「浮きたくない」――
そんな思いがいつも頭のどこかにありました。
たぶんその根っこには、
自分が“少しズレている”という自覚が
あったんだと思います。
ADHDやアスペルガー的な特性を持つ僕は、
会話のテンポも、人との距離の取り方も下手で、
どこかで「普通の人」とは違うと感じていました。
だから、本やネットで“正しい人との接し方”を学びました。
「こう言えば印象がいい」「こう動けば嫌われない」
そんな処世術を信じて、必死に自分を作り込んでいった。
褒められたいというより、
ただ“嫌われたくなかった”。
それが僕の最初の努力でした。
でも気づけば、「認められること」こそが
自分の存在を確かめる手段になっていました。
誰かに必要とされていないと、
不安で仕方なかった。
だからこそ、変わりたかった。
他人軸じゃなく、自分軸で生きたい。
誰かに見せるためじゃなく、
自分を変えるために挑戦したかった。
noteを始める前の7月末頃から、朝活を通して自分を律し、ジャーナルや運動習慣を身につけて、先延ばし癖や三日坊主、完璧主義など自分のコンプレックスと向き合ってきました。
けれど、そんな僕はある日、こんな事を
職場で言われたんです。
「愚直くんって、要領良く結果出すよね」
「そんなストイックさ、俺には真似できないよ」
その言葉に、少し違和感がありました。
要領なんて良くない。
むしろ遠回りばかりで、泥くさい日々の積み重ねだった。
失敗を恐れて行動しなかった過去だってある。
でも、外からは結果だけが見える。
努力の過程や失敗は、誰にも伝わらない。
その悔しさが、僕の中で燃えました。
――だったら、過程を見せよう。
結果だけを見て「凄い」と言われるより、
“どうやってそこに辿り着いたか”を共有したい。
それが、本当の意味での“愚直さ”だと思ったから。
だから僕は、noteやXで日々の挑戦や学びを公開し始めました。
上手くいった日も、空回りした日も、全部さらけ出して。
「続けること」「考え続けること」を可視化したんです。
最初は反骨心でした。
「要領がいい」と言われた自分を、覆したかった。
不器用でも、行動し続ける姿で証明したかった。
でも――
いつの間にか、その発信を見て
「無理してない?」「少し休んだ方がいいよ」と
心配してくれる人が沢山現れました。
その言葉に、胸の奥が熱くなりました。
僕はただ、自分の信念を貫いているだけのつもり
だった。
でも、僕の“頑張り方”は、誰かの目には
少し苦しそうに映っていたのかもしれない。
その言葉をきっかけに、今日も立ち止まって考えました。
「何のために頑張っているんだろう」って。
気づいたんです。
僕は“変わるため”に始めた挑戦だったのに、
いつの間にか“壊れないため”に走っていた。
止まるのが怖くて、休む勇気を失っていた。
でも、「無理しないで」と言ってくれた人がいたおかげで、ようやく気づけました。
優しさって、立ち止まるきっかけをくれるものなんだ。
そして同時に、こうも思いました。
自分を大切にできていない人が、
どんなに優しい言葉をかけても、説得力はない。
“優しさの説得力”は、まず自分への優しさから始まるんです。
僕はこの僅か1ヶ月で、たくさんの人に支えられてきました。
分不相応な紹介をしてもらったり、
温かいコメントをもらったり、
画面越しに応援してくれる人がいたり。
挑戦にはやりがいも、日々の達成感もありました。
でも、それ以上に大きかったのは“人の優しさ”でした。
頑張る姿を見てくれる人がいる。
その事実が、何よりも心を支えてくれた。
だから今は思います。
「頑張ること」よりも、「支え合うこと」の方が、
ずっと強くて、ずっと優しい。
これからは、
誰かに見せるための努力ではなく、
誰かと笑い合うための努力をしていきたい。
今日までもらった優しさを、あらためて今度は僕が返していく番です。
どんなに小さな言葉でも、
誰かの「もう少し頑張ってみよう」に繋がるなら、
それで十分。
焦らず、比べず、自分のペースで。
そして隣を歩いてくれる人を、大切にしながら。
“優しさの説得力”を持てる人になりたい。
まずは、自分を大切にするところから。
今日も一歩ずつ、不器用に歩いていきます。
