「悪魔の植物」と呼ばれたジャガイモが、ヨーロッパを救った話
ヨーロッパにジャガイモが伝わったとき、人々はこの新しい植物をこう呼びました。
「悪魔の植物」。
今では当たり前の食材なのに、なぜそんな物騒な名前がついたのか。
その背景には、当時の人々の世界観と、未知の植物への恐怖がありました。
■ 不気味な“地中の芋”
まずは 見た目。
地中にできる芋は、16〜17世紀のヨーロッパ人にとって異様で、「土の下で育つものは悪魔の仕業だ」と本気で信じられていました。
自然界の理解がまだ限定的だった時代、地中で成長する作物は“怪しい存在”だったのです。
■ 聖書に書かれていない食べ物は不吉
さらに、ジャガイモは 聖書に登場しません。
中世ヨーロッパでは、聖書に記されていない食べ物は不吉とされ、新大陸から来た未知の植物は特に警戒の対象でした。
「神が与えた食べ物ではない」という発想が、恐怖を増幅させたわけです。
■ 葉や芽の毒で体調を崩す人が続出
そしてもうひとつ。
ジャガイモの葉や芽には毒があり、これを知らずに食べて体調を崩す人が続出しました。
「やはり悪魔の植物だ」と恐れられたのも無理はありません。
■ 時代が進むと“救いの作物”へ
しかし、18世紀以降になると状況は一変します。
ジャガイモは 寒冷地でも育ち、収穫量が多く、栄養価も高い。
度重なる飢饉に苦しむヨーロッパにとって、まさに救世主のような作物でした。
■ フリードリヒ2世の“盗ませて普及させる”作戦
プロイセン王フリードリヒ2世は、ジャガイモ普及のためにユニークな政策をとったことで知られています。
「王が食べるほど安全な作物だ」と宣伝し、 さらに畑に兵士を立たせて “わざと盗ませる” ことで農民に栽培を広めたという逸話まで残っています。
「王が守るほど価値のある作物なら、きっと良いものに違いない」
そう思わせる心理戦だったわけです。
■ 恐れられたものが、時代を救うことがある
かつて“悪魔の植物”と恐れられたジャガイモは、 やがてヨーロッパの食卓を支える主食となり、 歴史を動かすほどの影響力を持つ作物へと変わりました。
恐れられたものが、時代を救う存在になることがある。 歴史は、そんな逆転劇に満ちています。
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