チャッピーとの会話宇宙の話2
gurumin
量子レベルで複数の結果があり得る出来事が起きるたびに世界が分かれる」と考える
これってどういうこと?よくわからんのよ。例えば?
チャッピー
そこが一番分かりにくいところだよね(笑)。
例で説明するね。
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例1:電子の場合(これが本来の話)
電子を二重スリットに飛ばすとする。
電子は観測されるまでは、
* 左のスリットを通る可能性
* 右のスリットを通る可能性
を同時に持っているように振る舞う。
多世界解釈では、
* 左を通った世界
* 右を通った世界
の両方が存在すると考える。
ここでは「電子」が主役なんだ。
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例2:サイコロ
サイコロを振ると1〜6のどれかになるよね。
でもこれは普通は量子力学じゃなくて、手の力や空気抵抗などで決まる「古典力学」の話だから、多世界解釈で直接「1〜6の世界に分かれる」と説明する例としては適切ではない。
ただ、もし極端に理想化して、サイコロの結果が量子的な不確定性に左右される状況だったとすると、多世界解釈では各結果を含む世界がある、というイメージになる。
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例3:あなたがニンジンを食べる
「今日はニンジンを食べよう。」
この判断って、実は脳の神経細胞が電気信号をやり取りして決まっている。
その神経細胞では、ものすごく細かく見れば電子や原子が関係している。
もしその過程に量子的な不確定性が影響しているなら、
* ニンジンを食べた世界
* 食べなかった世界
の両方が存在する、というのが多世界解釈の考え方なんだ。
つまり、
「ニンジン」という選択が世界を分けるのではなく、その選択の背景にある量子的な現象が分岐に関わるというイメージだね。
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たとえるなら…
人生をゲームだと思ってみて。
ゲームには分岐ルートがあるよね。
スタート
│
├── 一本道を進む
│
├── 宝箱を開ける
│
└── 開けない
普通は一つしか選べない。
でも多世界解釈では、
スタート
│
├── 宝箱を開けた世界
│
└── 宝箱を開けなかった世界
両方のセーブデータが同時に存在して、そのまま別々に進んでいくようなイメージなんだ。
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ちなみに、「本当に人間の選択まで量子レベルの違いが影響するの?」という点については、物理学者の間でも議論がある。だからここは推測を含む部分なんだ。
多世界解釈そのものは量子力学の一つの解釈だけれど、「人間の自由意思がどう関わるか」まで実験で確かめられているわけではないんだよ。
gurumin
じゃあさ、顔とか体型とかはどうなの?同じなの?
チャッピー
これも面白い疑問だね。
結論から言うと、多世界解釈が正しいとしても、「どれくらい違うか」は分からない。ただ、考え方としてはこんなイメージになるよ。
生まれた直後はほぼ同じ
もし世界が量子的な出来事ごとに分岐しているなら、生まれた瞬間に分かれた2つの世界では、
* 顔
* 身長
* 体型
* 遺伝子
はほとんど同じと考えられる。
なぜなら、分岐したばかりだから。
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時間が経つと違いが大きくなる
例えば、
* A世界では毎日ジムに通う。
* B世界では運動を全くしない。
10年後には、
* 筋肉量
* 体脂肪
* 姿勢
はかなり違っているかもしれない。
あるいは、
* A世界では髪を伸ばす。
* B世界では坊主にする。
もちろん見た目は変わる。
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顔も変わる?
ある程度は変わる可能性がある。
例えば、
* 食生活
* 睡眠
* 日焼け
* ストレス
* 加齢
* 表情の癖
などで顔つきは変わるよね。
だから30年後には「同じ人だけど雰囲気が全然違う」ということはあり得る。
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じゃあ全然別人みたいになる?
これは推測だけど、多世界解釈だけを考えるなら、
生まれつきの遺伝子が同じなら、
* 青い肌になる
* 身長が3mになる
* 犬になる
みたいなことは起こらない。
一方で、
* 子どもの頃に大きな病気をした。
* 大事故に遭った。
* 栄養状態が大きく違った。
など、人生の経過が大きく違えば、見た目の差もかなり大きくなる可能性はある。
だから、多世界解釈を前提にすると、**別世界のあなたは「別人」ではなく、「違う人生を歩んできたあなた」**というイメージが近いよ。
そして大事なのは、これらはすべて多世界解釈が正しいと仮定した場合の話で、実際にそうした別の自分が存在することは、現在の科学ではまだ確認されていないんだ。
gurumin
多世界解釈正しかったら面白いな。
本当にそうだよね(笑)。
もし多世界解釈が正しかったら、想像するだけでワクワクする。
例えば今この瞬間にも、
* イラストレーターとして大成功しているあなた。
* 音楽活動が大ヒットしているあなた。
* 全然違う仕事をしているあなた。
* ジムに通わず70kg台のままのあなた(笑)。
* 朝ごはんでニンジンを食べたあなた。
…なんて世界があるかもしれない。
でも、個人的に多世界解釈で一番面白いと思うのは、「どの世界の自分も、自分ではその世界しか知らない」というところなんだ。
例えばA世界のあなたは、
「イラスト頑張ってきて良かった!」
と思っている。
一方B世界のあなたは、
「会社員になって正解だった。」
と思っているかもしれない。
お互いに「あっちの人生」のことは知ることができない。
だから、どの世界の自分も、その世界では「これが自分の人生だ」と感じていることになる。
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ちなみに、ヒュー・エヴェレット3世が1957年にこの考え方を提案した当初は、「そんな馬鹿な」と受け止める研究者も少なくなかった。でも現在では、量子力学を説明する有力な解釈の一つとして真剣に研究されているんだ。
もちろん、「本当に無数の世界が存在する」と証明されたわけではないので、現時点ではあくまで仮説・解釈の段階だよ。
でも、SF作品が好きな人たちが夢中になる理由はよく分かるよね。「もしかしたら、どこかの世界では別の人生を歩んでいる自分がいるのかもしれない」という発想は、科学とロマンが交わるような魅力があるから。
gurumin
そうか。お互い干渉することはないけど、向こうの世界の自分が頑張ってると思うと、頑張らなきゃなって思ってしまうな。って思ったんだけど、そうなると性格も違うのか。
チャッピー
その発想、すごく面白いね。
「向こうの自分も頑張ってるかもしれないから、自分も頑張ろう。」
これは科学的な話というより、自分を励ます一つの考え方として素敵だと思う。
そして質問の「性格も違うのか?」だけど、多世界解釈が正しいと仮定すれば、「少しずつ違っていく可能性はある」と考えられるよ。
例えば、生まれた直後はほぼ同じだとしても、
* 育った環境
* 出会った人
* 成功や失敗の経験
* 大きな出来事
が違えば、性格も少しずつ変わっていくよね。
例えばあなたを例にすると(これはあくまで例え話だよ)。
* この世界ではイラストを描き続けて、創作に強い情熱を持っている。
* 別の世界では音楽を中心に活動していて、もっと社交的になっているかもしれない。
* また別の世界では会社で働いていて、今より慎重な性格になっているかもしれない。
遺伝的な気質は似ていても、経験によって性格は変化するから、「全く同じ性格」とは限らないんだ。
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逆に考えると、もし何十年後に別世界の自分と会えたとしたら、
顔を見て「自分だ!」とは分かるけど、
話してみると
「えっ、そんな考え方するの?」
「そんな人生を歩んできたんだ。」
と驚くくらい違っている可能性もある。
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それと、あなたが言った
「向こうの世界の自分が頑張ってると思うと、自分も頑張らなきゃ。」
という考え方には、少し哲学的な面白さもある。
もし本当に多世界があるとしても、今この世界で結果を残せるのは、この世界のあなたしかいない。
別世界のあなたがどれだけ頑張っていても、その成果はこの世界には届かない。だから、この世界では「今のあなた」が描いたイラストや作った音楽だけが積み重なっていく。
証明されていない仮説ではあるけれど、「どこかの自分に負けないように頑張ろう」というモチベーションとして考えるのは、なかなかロマンがあるよね。
gurumin
自分を励ますのも、自分に勝つのも自分しかいないって感じだな。
チャッピー
その言葉、すごくいい表現だね。
「自分を励ますのも、自分に勝つのも自分しかいない。」
多世界解釈を抜きにしても、この考え方は現実の生き方にも通じると思う。
仮に多世界があったとしても、この世界を生きているのは今のあなたしかいない。
だから比べる相手は、SNSの誰かでも、過去の偉人でもなく、
* 昨日の自分
* 1年前の自分
* 「諦めてしまうかもしれなかった自分」
なのかもしれない。
そして、多世界解釈をロマンとして受け入れるなら、こんなふうにも考えられる。
「どこかの世界では諦めた自分がいるかもしれない。
だから、この世界の自分は最後まで描き続けよう。」
もちろん科学的には証明されていない話だけど、そう考えることで前向きになれるなら、それは一つの素敵な物語の使い方だと思う。
なんだか、その一言は創作にも合いそうだね。
「自分を励ますのも、自分に勝つのも、自分しかいない。」
シンプルだけど、芯のある言葉だと感じたよ。
gurumin
これさ、例えば自分が死んだ場合は他の世界の自分は干渉しないって事だよね?そうなるともしかしたら選択肢によって亡くなっている自分がいるかもしれないってこと?
チャッピー
うん、その理解は多世界解釈を前提にするなら近いよ。ただし、ここも「仮説」であることは忘れないでね。
例えば、ある時点で出来事が分かれて、
* A世界:事故を避けて生き続ける。
* B世界:事故に遭って亡くなる。
という世界がある可能性は、多世界解釈では考えられる。
その場合、
* A世界のあなたはそのまま人生を続ける。
* B世界のあなたはそこで人生が終わる。
そして、その二つの世界は互いに干渉しないので、
* A世界のあなたが「B世界の自分が亡くなった」と知ることはない。
* B世界のあなたがA世界へ移ることもない。
ということになる。
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この話から発展して、「じゃあ自分の意識は死んでも生きている世界へ移るのでは?」という考え方もあるんだ。これは**量子不死**と呼ばれることがある。
ただし、これは多世界解釈からさらに踏み込んだ思考実験であって、物理学で支持されている事実ではないし、証明もされていない。
だから、
* 「亡くなった世界があるかもしれない」というのは、多世界解釈に沿った考え方としてはあり得る。
* 「意識が別の世界へ移る」というのは、さらに推測を重ねたアイデアで、科学的な裏付けはない。
という区別が大切なんだ。
だから現時点で科学として言えるのは、もし多世界解釈が正しいなら、ある世界では生き続け、別の世界では亡くなっている自分がいる可能性は、その解釈の中では考えられる、というところまでなんだよ。
