古地図の「善福寺」に捕まりました。 ― 神戸・モダン寺の「なんで?」を追いかける
「善福寺?」
本願寺神戸別院、通称「モダン寺」を訪れた時、そんな名前の案内板を見た記憶はありませんでした。
それなのに、昔の地図には同じ場所に「善福寺」と書かれている。
……なんで?👀
たったそれだけの疑問から、図書館で古地図や住宅地図をめくり、新聞の
マイクロフィルムまで覗くことになるとは、この時は思っていませんでした。
初めて中央図書館へ
「善福寺」は、いつまでこの場所にあったのか。
そして、いつから「神戸別院」と呼ばれるようになったのか。
気になってしまった私は、神戸市立中央図書館へ向かいました。
郷土資料を調べていくと、
1933年(昭和8年) 「善福寺」よりも「モダン寺」という名の方が有名になっていた(『新中央区歴史物語』133頁)。
さらに住宅地図を年代順に追ってみると、
1959年 善福寺
1961年 善福寺
1964年 神戸別院
1966年 神戸別院 浄土真宗西本願寺
1968年 神戸別院 浄土真宗西本願寺
……ん?👀
1961年には「善福寺」なのに、1964年には「神戸別院」になっている。
そう思って調べていると、神戸新聞の記事にひとつの手がかりを見つけました。
昭和35年(1960年)、別格別院から本願寺神戸別院へ。
現在の本願寺神戸別院の資料でも、1960年8月29日に「別格別院善福寺が本願寺神戸別院となる」と記されています。
……あれ?
1960年に名称が変わっているのに、1961年の住宅地図にはまだ「善福寺」と書かれている。正式な名称が変わっても、地図上では以前の名前がしばらく残っていたのでしょうか。
そして、新聞を読み進めていると、もうひとつ気になる記述を見つけました。
1966年の神戸新聞には「大正末期、木造の本堂、庫裡書院などが火災にあい」とあります。
一方、現在の公式沿革や、1969年発行の『全国寺院名鑑』では、火災は大正6年(1917年)。
……なんで?👀
同じ火災を指しているのか。
それとも、火災は一度ではなかったのか。
図書館へ行けば、いくつか答えが見つかると思っていました。
ところが実際は、ひとつ分かるたびに、またひとつ「なんで?」
が増えていく。
どうやら、善福寺探しはまだ終わりそうにありません。
