テレワークツール、テレワンプラスの開発者の歴史vol2:最盛期なのにお金がない!
本気で障がい児教育をやったら、大量のファイルと、2拠点活動と向き合うことになった…これがGSCをIT化、テレワークへ加速させました。
というのが、前回までの話。
今回はそれから、最盛期時代に入ります。
2000年から毎年、障がい児の教育に力を入れる姿が新聞で取り上げられるようになり、生徒が増えるにつれ、子ども一人一人に本気で向き合う武士のようなソウルをもったスタッフも続々と集まってきました。
家庭教師や学習塾のコンサルティングも手がけるようになり、講演を頼まれることも。
>講演代は交通費に飛んでしまったけれど…
それは仙台の講演。
当時代表は京都暮らし。講演代としては、京都⇄仙台の往復で飛んでしまったけれど、その講演をきっかけに、地方からも指導に来てほしいと申込みがありました。
当時のスタッフは夏休みや冬休みに、東京へやってきた生徒さんの宿泊ホテルまで指導に行くこともありました。“こうでなければ!”に縛られない、臨機応変なのが昔から変わらないGSCのスタイルですね。
生徒、スタッフが増えてくると、いよいよ本格的になったのが社内のペーパーレス化。
それまでの問合せ管理や、明細の自動出力、採用管理などに加え、就業ガイドやマニュアルだけでなく、スタッフと生徒のマッチングもデータベース上で管理できるようにしていきました。
このマッチングシステム何がすごいかと言うと、スタッフと生徒のマッチングが完了すると、自動でそのスタッフと保護者専用のメール定型文が作成されるんです。
お互いのプロフィールがわかるように、保護者様宛には「スタッフ紹介」、スタッフ宛には「生徒紹介」のメール定型文が自動作成されました。
また、担当スタッフが保護者の方に、必要なことはきちんと伝達できるよう、でも毎度スタッフがそこに頭を悩ませなくても良いように、いろ〜んなパターンのメール定型文が自動作成されています。
例えば「〇〇のご挨拶」や、「〇〇のご報告」「〇〇のご連絡」などなど…。
スタッフは、プルダウンのリストから必要なメール定型文を選ぶだけで、サクッとメールが送れちゃうんですね。
“サクッと”仕事するために、できることはなんでもするのがGSCです。
いつも代表の要望に応えて、GSCのデータベースに、あんなものやこんなものを入れて加えて追加して、独自のシステムを作り上げていくのに協力してくれたのが、SEのMさん。
チャットワークなんてなかった時代に、GSCのデータベースにチャット機能も作ってくれました。
「SEのMさんはいつも味方やったな…」…味方は少数精鋭派の代表のつぶやきです。
「自分でもシステムやりたい」という代表に、時給¥2000でいろいろ教えてくれたのもMさんです。おかげで、GSCはWEB制作やSEO、システム開発までできるような会社になりました。良い出会いでした。
2006年当時といえば、世の中ではまだ“ペーパーレス”の浸透率は低く、リクエストのあった場合は、紙での対応(印刷、捺印、送付)も続けながらのペーパーレス化でした。
“何事も止まらない…”できるとこからしていくというのも、GSCのやり方です。
ペーパーレスにすることで事務作業のスリム化され、スタッフの育成に力を入れることができました。
>そこで始まった“高田塾”
多様化する保護者の方たちの要望に応えるためにも、プレイングマネージャーの育成を目指して、研究➕実践で身につけた代表のノウハウをメインにトップレベルの人材育成に力を入れました。
生徒一人一人を、本の中の“〇〇症、〇〇障害の子供とは…”にハメ込まないというのが家庭教師ガッツのポリシー。
学ぶ楽しさを知り、社会へ生きる力をつけるためにも、自分でメモをとることから、未来に予約することまでできるように、生徒一人一人の個性に合わせてどう指導していくか…といういつも熱い塾でした。
そんな裏で代表は、アメリカの先生に“国際電話”でノウハウをレクチャーしてもらうこともしばしば。何事も最先端のアメリカ。発達障害に関しても、TEACHプログラムや、ABAトレーニングなど、当時の日本にはないプログラムや分析があったんですね。

懐かしいですね〜、国際電話。
ん?!あの関西弁しか喋れない代表が、英語わかるんですかね?!
関西弁と英語がわからないは、全くもって関係ないんですが…イメージがわきにくですね。あのイントネーションと勢いで、英語…。
>学校が作りたい!でもお金がない!
人材育成に力を入れれば入れるほど痛感するのが、学校の必要性。
社内のIT化、人材育成を進める一方で、障害者向けの学校開設に真剣に取り組みました。
パワフルで行動力があって、いつも強気なのに、飛行機が怖い代表は、ちょっとお小遣いができれば、それまでの家庭教師の報告書を片手に、西は山口県から東は静岡県まで、新幹線で各役所の教育課を回りました。
そこでぶち当たる一言:「これ必要やと思うけど…高田さん資金はあるの?」
代表:「ありまへん」
当時何百人ものスタッフを抱えていた代表、お金なかったんです。家庭教師ガッツの指導料も安かったですし。
朝は新聞配達、夜は阪神高速で旗振りのバイトをしながらなんとか、GSCと家族のためのお金を回してたんですね。
「なんや、やっぱ世の中なんでも金っていうのがいるんや…」
と、ちょっと気づくのが遅い代表…
阪神高速でバイト中の不機嫌な代表に、ちょうど出くわしてしまったベンツは、代表に適当な旗振りをされて困ったでしょうね…八つ当たりです。
そんな時、大阪からずっとついてきてくれた大事な右腕の1人Tさんが罹患率の1万人に1人の難病を発症。
この時、代表は思います「このままやったらやばいんかな…なんかせなやばいんかな…」
いくらこの仕事が好きだとは言っても、実際指導が終わると毎回クタクタのみんなをフォロー、ケアすることが、GSCとして必要だと思いました。
目黒のスポーツジムに通っていた成り行きで、そこのチラシ制作を頼まれて作ったら、気がついたらアニマル浜口のような格好でヨガをやらされていた代表。
「これや!」
家庭教師ガッツのスタッフに向けてヨガ教室を開き、「他の企業やって同じ問題抱えてるはずや」
ということで、企業・法人向けのヨガ出張サービスが始まりました。
と、ここから暗黒時代が始まります。
続きはまた次回に…。
