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本のある場所:いとしきもの 文春文庫 著:小川 糸

森、山小屋、暮らしの道具 
羨ましすぎて、すっかりやさぐれてしまった。

いつぐらいかまで、小さな山小屋を建てて、そこに住むことに憧れていた。北八ヶ岳のような、小さな湖沼のある森の中で、こだわったものに囲まれて暮らす。
いつの間にか、そんなことも思い出すこともなく、この歳になった。

羨ましすぎて、最初の数頁で読むのを止めた。何でこの本を買ったんだろうな。
それでも、この本を積読の山から引っ張り出したのは、このところの山欠問題だった。
10年ぐらい前までは、度々、「山に行きたーい」山欠病を発症して、どこかしら登っていた。

コロナが明けた頃、もう、寂しいけれど、体が追い付いていかないことに気がついた。
それでも、時々、無性に山が懐かしくなる。それを加齢性山欠症と呼んでいる。それに変わるものを見つけなくちゃと思っている。
そのヒントが欲しかったのだろう。

八ヶ岳の春、山が、膨らむのだという。

「Ⅰ山小屋作り」より

この一行だけで心がふっとほどけた。オキシトシンが分泌されて、ストレスが緩和されたのだ。現実にこの足で登れなくても、目の前になくてもだ。
そこからは一気で読み終えた。

糸さんの山小屋の2階はキッチンと仕事スペースになっている。常に視界のどこかに緑が見える。鳥の目線で森の木を見られる。

我が家はマンションの3階で、お隣は支援学校のある丘がある。窓からは緑しか見えない。やはり、学校の木々を鳥の目で見ている。マイク越しの校内放送が賑やかなことを除けば、なかなか理想的な環境である。

糸さんのいとしきものは、こだわりのテーブルや椅子、鍋に食器、ほうじ茶、カレー粉、魔女の箒、薪ストーブ、蜜蝋キャンドル、まっとうなインスタント麺、美味しくて頼もしい乾物、小さな仏様……。

私の家には仏壇がない。
親に会いたくなったら墓参りをする。
だから家の中で祈る習慣もなかった。

けれど、この本を読んでいるうちに、
小さな仏さまが欲しくなった。
野花を活けて、お香を灯す。
おりんは、瞑想をしている時に友人からもらった。
祈りのスペースを作りたいと思った。

そろそろ仕事も終わろうかという頃。

ここ数年、種を蒔いても、長期出張の間に枯らせてしまう。
始めから、諦めた。そして、我が家のベランダは彩を亡くした。

真夏の出張がなくなれば、ベランダで土をいじることもできるだろう。
ハーブなんかいいなと思う。

糸さん推しのコップを手に入れて、北八ヶ岳の山荘でコーヒーを喫むところを想像してみる。お値段も手頃らしい。

ちょっとした愛しいものに囲まれながら、光に満ちた日々を暮らす。
山に未練を残してやさぐれるのは、もうよそう。
丁寧な暮らしへの憧れを、そろそろ叶えていこう。
タイムオーバーにならないうちに。




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